8
ジェイの乗る敵船は砲台の殆どが既に使い物にならなくなっており、マストは折れ、舵も取れない状態になっていた。
ただ波の赴くままに漂う船に乗り込む事はたやすい。多くの海兵が剣を携えて敵船へ乗り込む中にレイルの姿もあった。
海賊達はもはやこれまでだと半ば自棄になりながら向かって来る。海軍に捕らえられたら自分達に未来は無い事がよく分かっていたからだ。
飛び交う怒号の中、レイルは片手だけで海賊達の応酬を受け止めながら、叫んだ。
「ジェイ・・出て来い!俺と勝負しろ!」
平静には見られない艦長の姿に何人かの海兵がぎょっとする。しかも海賊に海軍幹部が直々に勝負を挑むなど前代未聞の事である。
しかも今のレイルは怪我人だ。傍目にも顔色が良いとは言えず、体もふら付いている。
止めて下さい、と何人かが口を開きかけたが少年の顔を見て皆一様に押し黙る。
――これが、本当にあの艦長なのか。
いつも冷静沈着で感情を表に出さないレイルが今は鬼気迫る形相で、怒りや焦りを前面に押し出している。
ジェイと言う海賊と彼との間に何があるのかは分からないが、少なくとも彼を変えるだけの何かがあると言うわけだ。
何時の間にか海賊達も動きを止め、息を飲んで彼の動向を見守っていた。
「出て来い・・!7年前の借りを返してやる!」
何度目かに叫んだその時、海賊達の輪が崩れ、その中から特徴的な帽子を被った一人の男が姿を現した。
「・・・お前、あの時のガキか」
レイルの顔に見覚えがあったが、7年前と言う彼の言葉でようやく記憶が蘇る。
「まさかあのガキが海軍になってるなんてなぁ」
母親に守られるだけの弱く脆弱な子供。震えながら涙を流した少年が、憎しみの篭った眼差しで目の前にいる。
復讐は海賊にとって実はあまり縁のない事である。航海をしているため居場所が突き止められにくい。しかもジェイの場合は皆殺しにする事が多いためそもそも復讐しようとする者がいない。
たまたま気まぐれに生かした子供が――
「オレに復讐・・・?おもしれぇ・・」
右手を上げると部下が彼に剣を差し出す。それを受け取って、金属の擦れる音を上げながら抜き、構える。
それを受けてレイルも改めて剣を両手で握りなおす。その際左肩に鋭い痛みが走り、思わず剣を取りこぼしそうになる。
「何だ?怪我をしてるのか」
外からは軍服の下に隠された血の滲む包帯は見えない。しかも軍服の色は真紅で、同色の血の染みが目立たず遠目からではレイルが傷を負っているかは分からなかった。
だが、白い肌が今は青白く見え、脂汗を流し、肩で息をするその様子は今にも倒れそうだ。
「怪我人のくせにオレに戦いを挑んだのか?」
舐められたものだな、と細めた目に灯った残忍な光。
「来いよ・・今度はちゃんと殺してやる」
「フン・・・死ぬ時は貴様も一緒だ」
言うなり右足で甲板を蹴って飛び出す。
それが戦いの合図となり、固唾を呑んで見守っていた海軍と海賊達も動き出す。
あちこちで金属同士がぶつかり、幾重にも重なる甲高い音が海の底まで伝わるような錯覚を覚える。
「くっ・・・!」
ジェイの剣を正面から受け止めたレイルは低く呻いた。両手でも支えきれないほど重く力強い。
左肩が焼けるような痛みを発するが、意識の全てを目の前にいる仇に向けているため血の伝う感触も感じなかった。
まさか、受け止めるとは思っていなかったのだろう。ジェイが面白そうに口笛を吹く。
「やるなぁ坊主・・・痛いだろ?」
男の目は華奢な少年の左肩に注がれる。遠目では分からなかった染みも今ならはっきりと見える。
刹那、ジェイが剣の柄から右手を離した。少し力が弱まったものの、それでも弾き飛ばせる力は今のレイルにはなく、自らに伸びる手を防ぐ術もない。
「何を・・・ぐあぁぁぁぁぁぁ!!」
右手はレイルの左肩に伸び、次の瞬間、爪が食い込むほど力強く掴んだ。
反射的に上がる苦痛の悲鳴と手に移る鮮やかな赤にジェイは喜悦の笑みを浮かべた――その目は肉食獣が草食獣をいたぶるそれであった。
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