鼓膜をビリビリと打つ爆音がした次の瞬間にはレイルの体は背中からマストへ叩きつけられた。

 「うっぐ・・ゴホッガハ!!」

 鋭い痛みと胸が詰まる感覚を覚えて激しく咳き込みながらもすぐに立ち上がろうと剣を握っていない左手で体を支えようとしたが、

 「!!?」

 鋭い痛みが手を通して肩へと走る。衝撃で左肩の傷が開いたのか血が滴っているのを目の端で捉えて忌々しげに眉を顰める。

 「くそっ・・!」

 元々病み上がりで完全に回復したとは言えない少年の体は戦う前から既にボロボロだった。
 傷口が開いた事により、ただでさえ乏しかった血液が奪われ、脳内に霞がかかる。そこへ聞き覚えのある声が酷く焦った風に近付いて来た。

 「レイル!良かった・・大丈夫かい!?」
 「・・・ユーシスか・・被害状況はどうなっている?」

 鉛のように重く感じる瞼を持ち上げると、現れたブルーグレーの瞳が青年のそれと交わる。

 「右舷の砲台に少し被害が出てるけど大丈夫。相手の船は旧式で両舷に砲台はないし、打つのにも時間がかかるみたいだから」
 「・・そうか」

 予想通りだな、と呟いてユーシスの腕を借りて立ち上がる。

 「・・船ではこちらが勝つ事は分かっていた・・・後は敵船に乗り込むだけだな」
 「え・・このまま砲撃を続けていれば壊滅させる事は可能だよ?」

 ユーシスの言う通りだった。しかも安全性を考えるとそちらの方が遥かに良い。わざわざ敵船に乗り込むリスクを考えるとユーシスは語気を荒げざるを得なかった。

 「今だってフラフラじゃないか・・・その体じゃあ死にに行くようなものだよ!」
 「俺は死にに行くんだ」

 忘れたか、と言う少年の空ろな瞳の中に鋭い光を見て、青年は息を飲んだ。

 「言っただろ?俺はこの戦いで死ぬつもりだと」
 「そんな事・・!」
 「この手で奴を討たなければ意味がない。だが、今の状態ではそれが難しい・・・相打ち覚悟でなければ」
 「レイル!」
 「後の事はお前に任せる。海賊達を一掃して、彼女を国に帰してやってくれ」

 追いすがるユーシスの手を振り払い、いつのまにか足取りもしっかりと歩き出すレイルの背中には何の迷いもしがらみもない。

 「船を敵船へ寄せろ!・・乗り込むぞ!」

 艦長の命令は絶対だ。レイルの命を受けて兵達が準備を始めるのを止める術は副艦長であるユーシスにはない。
 頑固な上司だ、何を言っても無駄であるとは分かっている――もう何も言うまい。

 だが、レイルの死を黙って受け入れられるほど彼も大人ではない。

 まだ少しふらつきながらもテキパキと指示を飛ばす少年に息を落とし、小船が消えた方向を振り返る。

 「・・レイル、君は生きるんだ」

 君がいなくなったら悲しむ人がたくさんいる事を本人は分かっていない。こんなにも必要とされている事も、求められている事も――愛されている事も何一つ分かっていない。だから。

 「それを分からせてあげるよ」









 リズホーク艦が敵の本船を攻撃している中、グレイン達は残りの敵船を相手にしていた。仲間の海賊船も多く呼び寄せたためか、すぐに片がつき、グレインは甲板で暇そうに欠伸をしていた。

 「グレイン様、敵船は一掃されたようです」
 「分かってるって」

 部下の報告にも興味無さげに答えた男は、しかし海の中に奇妙なものを見つけて眉を寄せた。

 ユラユラと漂う波間に太陽の光を受けて反射するそれに見覚えがあった。

 「!?グレイン様・・?」

 珍しく焦った様に縁まで行き、身を乗り出すように海を――流れているそれを眺めた男はようやく確信を得た。

 光りを反射する銀色のそれ。あれは――

 「お嬢さん・・・」    











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