「目標、右舷前方バルム王国」

 少し高めの年若い艦長の声が静かに持ち場に着いた船員の耳に響く。
 皆が固唾を呑んで息を潜める中、レイルは目の前に浮かぶ陸を睨みながら右手を斜め前方に掲げる。

 「打てー!」

 刹那、空を切る轟音と共に煙が艦を包み込む。波風ですぐに煙は掻き消え、国の様子が少年のブルーグレーの双眸に映る。
 出来るだけ被害を出さないために沿岸部に並ぶ砲台を狙って打った。殆どの砲台は破壊できたようで、火花を上げており、これではもう海上の艦隊に砲撃する事は出来ないだろう。

 内からの暴動と外からの砲撃で敵は相当な被害を受けているに違いない。

 敵船がどこに隠してあるのか分からないが、このまま陸地にいれば彼らに勝機はない。海に出れば少なくとも暴動からは逃れられるのだ。

 「さぁ出て来い・・それとも陸に留まりすぎて海を忘れたか」

 聞こえるはずもない言葉を鮮やかに思い浮かぶ憎い男に呟いたその時、目の前で大きな水しぶきが上がった。
 僅かに残った砲台から打ってきたのか、と思ったがすぐにそれは間違いだった事に気付く。

 「・・・来た」

 ついに、それは訪れた。
 陸の陰から不気味に現れた巨大で真っ黒な海賊船と一回りほど小さな4隻の船。ゆっくりと、まるで打てと言わんばかりにリズホーク艦に近付いて来る。
 打て、と命じる事は出来たし、またそうするべきであったのだろうが、それでもレイルは口を閉ざしたままだった。

 「艦長!」

 向こうから打ってくる可能性も十分ある。船員たちは色めきたって艦長に命令を仰いだが、彼はそれを黙殺する。


 彼らが気をもんでいるうちに、漆黒の海賊船はリズホーク艦の横にピタリと並んだ。

 レイルは隠れようともせず、甲板で海賊船を――そこにいた男を睨んだ。

 大きめのつばのついた帽子、だらしなく開いた胸元、肩口で跳ねる黒髪。その全てが幼い記憶のままだ。

 「・・・貴様が頭か」

 先程までの騒ぎが嘘のように静まり返った海上で、レイルの強張った声だけが静かに波紋を立てる。
 決して大きいとは言えない声だったが、男にも聞こえたのだろう。ニヤリ、と笑むとつばを持ち上げ、顔を太陽に晒す。

 「ああ、俺がこの船の頭・・いや、バルム王国の頭、だ」

 遠目でも男の顔を捕らえた瞬間、強烈な吐き気が込み上げてきた。
 それはレイルの中で男が今だ根深いトラウマになっている証拠であったが、怯むわけにはいかなかった。

 震える右手で剣を握りながら不敵に笑む憎き海賊をとらえる。

 視線が交わった刹那、海賊は目を細めた。
 光を吸い込んだような金髪に怯えながらも己を睨む海よりも深い瞳、少女と見まごう程の美貌――どこか見覚えがあった。

 「・・お前・・どこかで・・」

 会ったか、と続くはずだった言葉はしかし掲げられた剣により遮られる。

 握り締めていた剣を抜き去り海賊に向け、

 「俺は、メリクリウス王国海軍、レイル・ディル・レオンハルト」

 挑むように名乗る。その手はもう震えてはいなかった。
 対する海賊も口の端を持ち上げると、レイルのそれとは比べ物にもならないほど重量感のある剣を軽々と片手で抜く。

 「俺はジェイ・・海賊王にして一国の主・・か?」

 ジェイ、と男の名をレイルは口中で何度も確かめるように呟いた。7年間、名前も知らなかったこの男だけを殺すためだけに生きてきたのだ。
 その男が今目の前にいて、あの時のように不敵に笑っている。

 ようやく長年の望みが叶うのだ、と噛み締めた瞬間、それを咎めるように脳裏に銀髪がちらついたが、少年の志は一切揺らがなかった。



 無言で掲げた剣を一振りした瞬間、戦いの幕開けを告げる爆音が轟く――彼女の姿は、もう見えない。











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