「これでいい・・・」

 静けさを取り戻した艦長室でレイルは一人呟きながら包帯の巻かれた左肩を傷が開いて血が滲むのも構わず掴む。
 こんな痛みなど彼女のそれに比べれば他愛のないものだ。

 今だ鮮明に蘇る彼女の絶望の眼差しと追いすがる手。これで最後になるであろう彼女の姿が笑顔でなかったと言うのは酷く辛い事だったが、後悔はしていない。

 「生きてさえいてくれれば・・・いい」

 他の男のものにしたくない、とか彼女に傍にいて欲しいとか、そんな事を言う資格なんてないから。
 生きて笑ってさえいてくれたら、その隣に誰がいようがもう構わない。


 胸に渦巻く激情を抑えて息を吐くと、扉がノックと共にゆっくりと開く。

 「・・・艦長」

 背後から静かに響いたユーシスの声はいつもの明るさは微塵も感じられなかった。

 「・・・今ルキアから連絡があって・・島への砲撃を開始して欲しい、と」
 「・・そうか。あの男、本当に奴らを追い詰めたのか」

 クッと小さく笑う。さすがに海賊王と言われるだけの事はある。本当に成し遂げるとは。
 信じていなかったわけではないが、100%とは思っていなかった。だが例え失敗していても、陸での戦いが不利だと分かっていても、それでも構わず乗り込んで行っただろう。

 「・・・艦長失格だな」

 何人の部下を失う事になるか。いわばこの戦いはレイルの私情に大きく関係しているのだ。
 分かってはいても止められない。海軍学校時代から氷の男と言われて徹底して冷静に客観的に判断して来た事が嘘のようだ。

 「・・・そんな艦長に皆付いて行くってさ」
 「・・・そうか」

 苦笑交じりに軽く口の端を持ち上げながら机の上に置いてあった剣を手に取る少年の顔は次の瞬間には艦長のそれになっていた。









 「放して!」

 セシリアが暴れる度に小さな小船はグラグラと揺れ、彼女と共に船に乗った二人の海軍兵は慌てた。

 「セシリア様、お願いですから大人しくしていて下さい!」
 「このままでは転覆してしまうかも・・」
 「すればいいわ!」

 貴族の姫らしからぬ形相で二人を睨み付ける少女に男達は困り果てる。

 こうしている間にも島からどんどん離れて行ってしまう。酷い焦燥感に駆られていてもたってもいられなくなる。

 足手まといだと言われて確かに傷付いた。お前なんて必要ないと切り捨てられたようで涙が止まらなかった。
 だが、どこかで信じられないと思っている自分もいる。あんな事まで言われて、まだ彼の本心だろうか、と疑うなんて。

 ――だって、私を見なかった。

 本心ならば目を見てはっきりと言えばいいのだ、いつものように堂々と。なのに彼はセシリアに背を向けた。その背が微かに震えていたと感じたのは、そう望む彼女の願望のためか。

 根拠はない、ただ感じるのだ――このまま別れれば二度と会えなくなると。

 それは確信にも似て、彼女の心を蝕んだ。

 まだ好きだときちんと言葉にしていない。7年前から降り積もった気持ちを何一つ伝えられていない。それなのに、もう会えなくなる?

 それだけは――


 「嫌!」

 反射的に叫んで立ち上がると小さな小船が大きく揺れた。

 「セシリア様!座って下さい!」
 「!波が・・・!」

 船が揺らいだ瞬間、少し大きめの波が小船に襲い掛かった。

 「きゃぁ!」

 波のあおりを受けて、船が反転し、乗っていた3人は海上に投げ出された。

 軽装だが服のままでの水中は身動きが取りにくく、セシリアは必死に空気を求めてもがく。その上、心身共に疲れ果てていたため、いつものように泳ぐ体力がない。

 ――レイル・・・!

 薄れる意識の中、最後に過ぎった美貌の少年は平素では考えられないほど柔らかい笑みを浮かべていた。    











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