3
愛してる、なんて言葉じゃ足りない。
船内に入ってすぐレイルは傍にあった壁に拳を叩き付けた。振動が左肩に響き僅かに目を細めたが、構わず何度も何度も己を痛めつけるように繰り返す。
ついには血が滲み始めた頃、静かな足音と共に痛ましげな顔をしてユーシスがやって来た。
「・・・そんな風になるなら初めから素直になればいいじゃないか」
「・・・・・お前には分からない」
「そうだね、分からないよ。僕だったらわざわざ好きな女性を傷つけるような真似はしないからね」
やはり見ていたのか、と心の内で舌打ちをして血のにじむ拳を見詰める。
「・・・俺だってセシリアを傷付けたいわけではない」
「だったら今すぐにでも戻って彼女を抱き締めればいい」
「そんな事・・・」
何度振り向こうと思ったか。何度嗚咽を漏らす彼女を抱き締めて耳元で全てをぶちまけてしまい衝動を堪えたか。
「だが・・それは出来ない。いや、してはいけないのだ」
「どうしてだい?レイル・・君は一体何を考えてる?」
震える問いかけにレイルは拳からユーシスへと視線を移す。その深い海のような目からは何の感情も読み取れない。
そして青年が妙な胸騒ぎを覚えた時、ゆっくりと噛み締めるように吐き出されたそれは信じ難いものであった。
「・・・俺が考えている事・・・それは復讐・・そして死だけだ」
「なっ・・・!?」
「・・元々そのためだけに海軍に入った。何もかも捨てたはずだった・・・」
だが、どうしても彼女だけは切り捨てる事が出来なかった。7年前と変わらない彼女に再会し、またあの頃に戻れるのではなどとくだらない望みまで抱いてしまった。
「・・彼女の存在が俺が復讐者だと言う事を忘れさせる・・」
「それのどこがいけないんだい!?復讐だけの人生なんて・・」
「俺はそれで良かったんだ!」
母親の命の代わりに生き残ったこの身。醜く死を恐れ、自らを守る事しか考えなかった弱い自分に幸せになる権利などない。
レイルが今生きている意味の全ては復讐のためだ。復讐さえ果たせれば死んでもいいと思っていたのに。
「それなのに・・・俺は馬鹿だ・・彼女を・・セシリアを悲しませる事になると分かっていたはずなのに」
復讐しか頭にない己に少女を幸せにする事など出来はしない。そればかりか彼女を巻き込んでしまう事さえありえたのに。
それでも、そこまで分かっていても彼女を他の誰かに奪われる事だけは許せなかった。王族との結婚は決して幸福とは言えない。だがきっと相手が誰であっても、例えセシリアが幸せになれるとしても、
「俺はきっと彼女を手放せなかった」
復讐が全てだったはずなのに、彼女と再会しそうではなくなっていく自分に気付いた。彼女との幸せな生活を密かに夢見る己を知った時、愕然とした。
何をしているのだ、俺は。大切な作戦会議中でも、目の前に奴がいる島があると言うのに頭の中はセシリアの事ばかりだ。
死ではなく生を考えてしまった男に、復讐など果たせない。
彼女に自分を守るために剣を取る、と言われて初めは純粋に愛しく思ったがそれは考えれば考えるほど恐ろしいものに変わっていった。
セシリアが戦場にいたらきっと俺は彼女を何よりも優先する。長年の望みである復讐もきっと彼女には敵わない。
「・・・俺はそれが酷く恐ろしかった。この7年間は何だったのだろうと絶望した」
そして焦った。この気持ちを振り払わなくては望みは果たせない。そのためにはセシリアを切り捨てるしかなかった。
「・・全ては俺の弱さが招いたものだ」
そのためにセシリアを巻き込み、傷付け、泣かせた。
彼女は本当に離れていくかもしれない。それでいいのだと思う一方、どこかで恐れている己もいる。
「俺は弱い。7年前から何も変わっていない」
弱い己が勝てなかった相手に勝つためには命を懸けるしかない。
「・・・俺は、この戦いで死ぬつもりだ」
まだ彼女は泣いているだろうか。
”海賊と相打ちしようなんて考えないで。二人で帰るの。帰って・・今度こそ誓いましょう”
あぁ、それが出来たらどんなにいいか。だけど俺はまた約束を果たせない。
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