ルキアを乗せた小船がゆっくりと島に近付いて行くのを甲板から見送りながらセシリアは何度目か分からない溜息を吐いた。

 思い出すのは先程ルキアから言われた言葉だ。

 ”オレが生きて帰って来たら結婚しようぜ”

 冗談とも思ったが彼の紅色の瞳が真実だと語っていた。だからこそ悩んでしまう。
 告白された時も怒りに任せて否定を口走っただけで、きちんと返事が出来なかった。ずっとどうしようかと考えていた矢先に突然のプロポーズである。

 正直嬉しいと思う。誰でも人から好かれる事に嫌悪は感じないだろう。だが―――

 「・・・無理だよ」
 「何がだ」

 突然背後から声をかけられてセシリアは心臓が飛び上がるほど驚いた。ましてそこにいたのが一番話を聞かれたくないレイルだったのだから、なおさらだ。

 「レイル・・・い、いつからそこに・・!?」
 「・・・溜息を3回ほど吐いていたな」
 「!?・・それ、最初から見てたって事じゃない!」

 どうしてすぐに声をかけてくれなかったの、と恥ずかしさを隠しつつ詰め寄ると逆にレイルに言及されてしまう。

 「・・・それで何が無理なのだ」
 「・・・レイルには関係ない」

 まさかプロポーズされました、なんて言えない。鋭い彼の事だ、察しはついているのだろうがここは隠し通すしかない。
 言い返される、と強張って対応を考えていた少女に、レイルはブルーグレーの冷めた目を伏せると一言そうか、とだけ漏らし彼女に背を向けた。

 「え・・・?」

 今までにない反応に戸惑い素っ頓狂な声を上げてしまう。それと同時にまるで拒絶するような瞳に妙な焦りが芽生える。

 「聞かないの?」
 「・・・俺には関係ないのだろう」

 歩みを止める事も顔を向ける事もしない少年にセシリアは愕然とした。
 ようやく気持ちが通じ合ったと思ったのに、こんな事でまたすれ違ってしまうのか。やはりもう7年前のようにはなれないのか。


 彼は決戦の前だと言うのに何も言ってはくれない。


 「――ルキアからプロポーズされちゃった」

 ようやく彼の歩みが止まる。だが、まだ振り向いてはくれない。

 「・・・ねぇ、どうすればいいと思う?」

 断れ、と言ってくれると信じていた。言ってくれれば迷う事もないし、疑う事もしなくていい。
 だが、レイルはやはり最後までセシリアを喜ばせる言葉をくれることはなかった。

 「・・好きにすればいい」
 「―――っ」

 思いの外ショックは受けなかった。だって、最初から分かっていた。彼がセシリアと結婚する目的は出世のためで決して愛だとか恋だとか言う類のものではない。
 今まで散々言われたのに、彼が抱き締めたりするから。キスなんてするから。こんな海の果てまで追いかけて来たりするから・・・!

 「勘違いしちゃったじゃないの・・・!!」

 また7年前のあの頃に戻れると思っていたのに。レイルがいなくなるかもしれないと思った時、ようやく分かったのに。


 レイルが好きだ。本当は7年前からずっと想っていた。だけど彼から拒否されて、ショックで・・これ以上傷付きたくないと思って気持ちに蓋をしていた。
 だけどまた彼と再会し、その蓋を開ける時が来たと思っていたのに。また彼から拒絶されて今度はもっと頑丈な蓋をした。
 しかし溢れる気持ちは抑えられなくて、ようやくこの気持ちと向き合えると思ったのに。レイルもきっと答えてくれると思ったのに。

 「・・・やっぱり、私と結婚するのは・・・出世のため?」
 「・・・・・・・」
 「・・・私の事、少しでも想ってくれてるならこっち向いて」
 「・・・・・・・」
 「お願い・・・」

 しかしレイルは最後まで振り向く事はなく、残された彼女の嗚咽を背に、船内へと消えて行った。  











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