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 船が港を離れて、手を振る人々の姿が見えなくなるまでセシリアは甲板にいた。レン、ルキア、グレイン、仲間の海賊達の顔を少しでも脳裏に焼き付けて覚えておきたかったのだ。

 会おうと思えば会えると言っても、簡単に会いに行けれるような距離ではない。もしかしたらもう二度と、と思ってしまうのは仕方がない。

 「また、会えるよね・・・?」

 涙を拭いながら、聞きなれた波音と潮の香りを感じていると後ろから声をかけられた。

 「そろそろ船内に戻りません?レイル、口には出さないけどセシリアさんに傍にいて欲しそうなんです」
 「ユーシスさん」

 振り向くと、あちこちに包帯が巻かれた青年が立っていた。
 ユーシスもまた、あの戦いで身を挺して戦ったためレイルほどではないが、負傷したのだ。本当は彼もまだベッドで横になっていなければならない状態であった。

 「外に出て大丈夫なんですか?傷に障りますよ」
 「大丈夫です。回復、早いんですよ僕」

 薄く笑ってセシリアの横に立ち、海を眺めるユーシスの目が物憂げに細められるのを見て、セシリアは恐る恐る口を開いた。

 「・・・ヒルデさんの事、良かったんですか?」
 「良かったもなにも、彼女にとっては、あそこで暮らすのが一番幸せなんじゃないかな」
 「でも、泣いてました」
 「・・・・そう」

 ヒルデは最後までユーシスに一緒に連れて行って欲しいと縋った。愛していると、傍にいさせて欲しいと言い募った。
 セシリアも何となくではあったが、ヒルデの気持ちを感じていた。傷付いて身も心もボロボロだった彼女を救ったのはユーシスだったのだ。

 彼女の心からグレインへの思いが少しずつ消えて、笑顔を取り戻していく様にセシリアも嬉しく思っていた。なのに。

 彼は、ユーシスは、普段からは考えられないほど冷めた声で彼女を拒絶した。


 『僕は、もう一生分の恋をしてしまったんだ。だから、これから先女性を愛する事はない』


 一体どう言う事なのか、レイルも眉根を寄せていたのできっと知らないのだろう。いつも笑顔で柔らかな雰囲気の彼だが、その奥底に誰も知らない闇を持っているのかもしれない。

 「僕なんかより、もっといい男を見つけるよ、彼女なら」

 悲しげに笑んで、吹っ切ったようにセシリアに向き直った彼からはもう憂いは消えていた。

 「それよりも、船内に戻りましょう。レイルが待ちくたびれてますよ」









 コンコンとノックすると、中から入るように促される。

 「おじゃましま〜す」

 口中で呟いて部屋に入ると、レイルはベッドの上で上半身を起こして待っていた。

 「寝てなくていいの?わざわざ起きなくても・・」
 「いや、もう体は大分いい。それよりも渡したいものがあるのだ」

 言って、ポンポンとベッドを叩く彼。ここに座れと言う事か、とセシリアは彼のベッドに腰掛けた。

 「渡したいものって?」
 「・・目を瞑ってくれないか」
 「えぇ?」
 「早く」

 いぶかしむ少女を急かすと渋々ながら目を瞑った愛しい花嫁にレイルはゆっくりと手を伸ばした。

 パチン。

 小さな音と共に髪に密かな衝撃が走る。驚いて目を開けると、目の前に蕩けそうなほど満面の笑みを浮かべた少年がいた。

 「やっぱり。思った通り、凄く似合う」
 「何?」

 レイルの見たことも無い笑顔に頬を染めながら立ち上がり、部屋にあった鏡を見て、セシリアは息を呑んだ。
 短くなった銀髪に、少女の瞳を彷彿とさせる翡翠の髪飾り。豪勢な装飾は付いていないが、そのシンプルなデザインがセシリアにとても良く似合っていた。

 「これ・・・」
 「一目見た時、君を思い出した。気付いた時は手に取っていた」

 背後からゆっくり抱きしめられる。左肩は怪我を負っているので右腕だけでだったが、全身を包み込まれているような温もりにセシリアの目から再び涙が溢れ出た。

 「でも、髪、短くなっちゃって・・・」
 「似合うよ。とても、良く似合う」
 「っ・・・」
 「髪なんて関係ない・・・愛している。あの時の言葉は嘘じゃない・・今度こそ、信じてくれていい」

 彼が気を失う直前、彼女に言った言葉――セシリアがずっと欲しくて、ずっと求めていたもの――愛してる。

 「出世のためなんて、言って傷つけてすまない。本当は君の父の身分なんて関係ない。俺がリアを欲しかったんだ。リアが他の誰かのものになるのが許せなかった」
 「ほ、んとうに?」
 「今度こそ誓う。もう離れたりしない。君を一人にしない・・・俺の傍にいて欲しい」
 「レイル・・・!」


 ぶつかりあうように唇を重ね合わせる。7年分の思いを込めて。

 幼く、すれ違ってばかりいた二人の恋が今、ようやく完結したのだ。  











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