「今日はまだ逃げていないようだな」
 「レイル」

 花嫁の控え室に一人座っていたセシリアは驚いて振り向いた。純白のベールが華やかに舞うのをレイルは眩しそうに眺める。

 「もう逃げないわ。ずっと一緒にいるって言ったでしょう?」

 ルージュに色付く唇に笑みを乗せて、立ち上がった花嫁は期待を込めた眼差しで未来の夫を見た。

 「どう?似合う?」

 ウェディングドレスを着るのはこれが二度目だが、一度目はレイルに見せる前に二人は離れ離れになった。彼の言葉を借りるなら、逃げ出したと言うわけだが。

 女性にとっては生涯に一度の特別なドレス。

 「似合う。凄く綺麗だ」

 自分から聞いたのに、恥ずかしげも無く言われると照れるものだ。しかも、思いを伝え合ってからレイルは人が変わったんじゃないかと部下達が疑うほど雰囲気が柔らかくなった。

 ――嬉しいけど・・・心臓が持たない。

 「・・・レイルもカッコいいよ」

 照れ隠しのように話題を変える。
 結婚式なのでレイルももちろん着飾っている。ただ、一般人とは違い、軍人の結婚式なので服装は海軍の正装である。
 真っ白な軍服に金色の美しい刺繍が入り、勇壮な中にどこか気品を感じさせる。彼の美しい金髪に映えて、いつもより数段美少年っぷりが上がっていた。

 そのカッコいい花婿は、カッコいいと言うより、美しいと言う言葉が当てはまる美貌に苦笑を浮かべた。

 「本当は、これを着るかどうか迷ったのだが、そう言ってもらえて良かった」
 「迷った?」
 「・・・海軍を辞めようと考えていたのだ」
 「えぇ!?」

 レイルが海軍を辞めようとしていたなんて初耳であった。

 「海軍に入ったのも復讐を果たすためだった。それが終わった今、俺がこのまま海軍にいて良いものかと考えていた」

 言葉を切って、自身の手を見つめた彼のブルーグレーの瞳が揺れる。

 「今さら後悔しても仕方ないのだが、俺は海賊を殺しすぎた。いくら俺が海軍を辞めてもその罪は一生消えない」
 「・・・うん」
 「それは逃げだと思った。もう俺は逃げたくない・・・俺はこれからも海軍として生きていく。そして、俺のような者を増やさないようにこれからも海賊達と戦う・・・その中でまた命を奪う事もあるかもしれない。俺の手はどんどん血で汚れていく」
 「・・・うん」
 「それでも・・それでも、付いて来てくれるのか?」

 この先また心を失くす時が来るかもしれない。リアを泣かせて傷つけるかもしれない。それでも――

 「傍にいてくれるか?」

 少し怯えたように目を伏せる少年を思い切り抱きしめる。

 「まだ信じていないの?一生傍にいるって言ったでしょう?これから神様の前で誓いも立てるのに」
 「知っているだろう?俺は昔から小心者だったのだ」
 「泣き虫レイルは卒業したんじゃなかったの?」
 「・・リアといると俺はずっと弱いままだ」

 小さく膨れる少年に懐かしさと共に深い愛おしさを覚えてセシリアは抱きしめる腕に力を込めた。
 7年前とは違い、背も体型も大分変わってしまったが、それでも変わらないものがある。

 そして、安心させるように広く逞しくなった背を撫でながら耳元で囁く。

 「そんなに不安なら、今ここで誓いを立てましょう」
 「え?」
 「神様の前で、皆の前で立てる誓いとは別に、二人だけの誓いをしましょう」

 意味を掴みかねて、眉を寄せる少年の手を取り、少女は目を閉じる。


 あなたが心を失くしたなら、私がまた取り戻してみせる。

 あなたがまた私から離れていこうとしたら、今度こそ引き止めてみせる。

 あなたが病める時も健やかなる時も、傍にいてあなたを愛します。


 言い終わると今度は少年が少女の手を取り、目を閉じた。


 君の心が迷ったなら、今度は俺が導いてみせる。

 君がまた逃げ出した時は何度でも海の果てまで追って行って君を取り戻す。

 君が病める時も健やかなる時も、傍にいて君を愛する。


 「・・・破ったら分かってるわよね?」
 「リアこそ。俺を捨てないでくれよ」

 そしてどちらともなく笑い出して、口付けを交わした。


 二人だけの秘密の誓いの口付けを――永遠の名のもとに。




 終わり









 あとがき

 「Voyage」を長年読んで下さった皆様、誠にありがとうございました。HPを開設した当初から、約3年の年月をかけて、ようやく今日完結することが出来ました。
 長かったのか、短かったのか、分かりませんが、初めての連載作品だったので終わってホッとしているやら、寂しいやらで胸がいっぱいです。
 セシリアとレイルとルキア、どちらがくっ付くのかと思って下さっていた方もいたようで、レイルとくっ付きそうな時は「ルキアと!」と言うお言葉も頂きましたが、最後はレイルと幸せになってもらいました。
 実はこれは連載当初から決めていた事で、全く揺るぎませんでした。セシリアは少しだけ揺らいだようですが(笑)
 さて。終わってホッとしていますが、まだまだ番外編があります!番外編書くのってわりと好きで、「Voyage」は色々書ける内容も多いのではりきっております。
 「こう言うの見てみたいかも」と思う方がいらしたら、気軽にメールフォームなどでご意見下さいませ。感想もドシドシ待ってますので〜。これいいな、と思ったのがあったら番外編に使わせて頂くかもしれません。
 さて。では「Voyage」裏話でも・・・と思ったのですが特にないですね。自分設定としては、ユーシスの一生分の恋のお相手だとか、レン君の10年後とかありますけど、それはおそらく番外編になると思いますし。
 正直3年やっていると自分で設定忘れそうになったりして読み返したりして、過去の自分の文章に恥ずかしくなったり、色々していました。
 髪飾りとかちゃんと覚えてましたからね!これは使わないと、と思い書きました。これでレイルに恨まれないですむと思います。後色々忘れていることがあるかもしれませんが、それはもう・・・封印ですね。
 そんなこんなで、よく分かりませんが、本当に私のつたない小説を最後まで読んで下さった方々には感謝してもしきれません。
 これで終わったわけではありませんが、一区切りとして、最後の挨拶を改めて言いたいと思います。
 皆様の応援で最後まで書き上げることが出来ました。ほんっとうに、ありがとうございました。
 番外編もまた読んで下されば幸いに思います。(でも今忙しいからなぁ・・・いつになるやら)
 ・・・・以上!(2008.6.28)  












BACK  NOVELS TOP