12
「・・・レイル」
傍らの少年の震えが彼を支えるセシリアにも伝わり、労わる様にそっと声をかけた。
しかし、彼のブルーグレーの瞳は憎き海族しか見ていない。血の気が失せて青白いほどの顔に憎しみと言う名の生気が戻っていくのを感じて、セシリアは身震いする。
レイルは7年間、あの男を殺す事だけを目的に生きてきたと言った。復讐のために命を落としてもいいと。セシリアとの未来よりも復讐を選ぶと。
決死の覚悟で想いを伝えた。どうしてあのタイミングで、と問われればあの時しかなかったのだと答えるだろう。
どうにかレイルに未来を見て欲しかった。レイルを想っている人がいる事を知って欲しかった。だって、復讐のためだけに生きるなんて悲しすぎる。
しかし、彼はセシリアの告白に返事をする事無く、一言、「奴らのもとへ連れて行ってくれ」とだけ言った。
それが少女には拒絶に思えた。だから傷付いた心を必死に押し隠しながら頷くしかなかった。
――やっぱり、もう駄目なの?
チラリともこちらを見ようとしないレイルから視線を外して俯いたセシリアの頭上に年若い海族王の声が降って来た。
「で?どうすんだ?このおっさん、あんたの仇ってやつなんだろ?」
殺すか?と事も無げに言うルキアの言葉にレイルの体が一気に緊張で固くなった。
小さく息を呑み込みながら震える手が腰に下げられた剣に伸びて、ゆっくりと柄を撫でる。
「俺は・・・」
ルキアの隣で跪いている男――憎んでも憎みきれない仇――今ならこの剣で息の根を止める事が出来るだろう。
なのに。
――どうして戸惑う必要がある?躊躇する理由など・・・!
柄を撫でていた手が明確な意志を持ってそれを握り締めた刹那。
「レイル・・・」
ふと、懐かしい声が鼓膜を打つ。
驚いて見下ろした先にいたのは泣きそうに顔を歪めた幼馴染の少女。絶望と悲しみと、ほんの僅かな希望が入り混じって濡れる翡翠の瞳に見覚えがあった。
「リア・・・」
7年前から何度も何度も屋敷に足を運んでくれた彼女を拒絶し通していた時、一度だけ屋敷から彼女を見た事があった。
たまたまだった。見たら後悔すると思っていたからずっと避けていた事だったのだが、その日だけはなぜか部屋のカーテンの隙間を覗いてしまった。
酷く懐かしい幼馴染が肩を落としながら馬車に乗るところだった――あぁ、帰るのか――そう思ったのに。
出発しようとたずなを握る御者を押し留め、窓から顔を出した少女の顔が今も目に焼きついて離れない。
すぐに飛び出して行きたいと言う思いを感じながらも、あの時は衝動に従わなかった。いや、従えなかった。
――だが、今は・・・?
今、この小さな手を取ったら俺はどうなるんだろう。
”私達は国に帰ってあの日の続きをするの。結婚式を挙げて、いつまでも幸せに暮らすのよ”
脳裏にセシリアの声が蘇り、初めて彼女と二人で微笑む光景が鮮やかに思い浮かんだ。
「俺は・・・?」
幸せな未来を想像する己が信じられずに絶望すると同時に歓喜に震える己も確かにそこにいた。
ずっと考えないようにしてきた、けれども焦がれ続けていた未来を彼女はくれると言う。
「レイル?」
気が付くと彼は剣の柄から手を離し、しっかりと彼女の手を握っていた。血で汚れたそれを振り払う事無く、小さな手に包み込まれる感覚に泣きそうになる。
あぁ。もう駄目だ。認めないわけにはいかない。
「 」
「えっ・・・!?」
信じられない言葉にセシリアが目を見開いた直後、レイルは腰から下げていた剣を引き抜くとそれを床に落とした。
カラン、と言う乾いた音が波風の中静かに響くと、少年はルキアの方を見やり、静かに口を開いた。
「復讐、は今、終わった」
そして最後に、呆けている愛しい花嫁に顔を向けると目を細めて笑う。
「帰ろう・・・俺達の故郷、メリクリウス王国に、二人で」
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