10
無慈悲に光る剣は割って入った少女の体を貫くはずであったが、その切っ先はすんでのところで彼女の持っていた剣によって阻まれた。
キィンと言う金属音が鼓膜を揺らし、海賊――ジェイは目を見開いた。
まさか受け止めるとは思っていなかった。片手とは言え、こんな細腕の女に。
「・・リア・・」
レイルもまた同様であった。絶望で暗闇の中に落ち込んだ瞳が今もはっきりと太陽に光る銀髪を捕らえている事が信じられない。
セシリアは痺れる両腕で必死に受け止めながら、歯を食いしばった。
「レイルは・・こんな所で死ぬわけにはいかないのよ!」
それは正面にいる海賊にではなく、背後にいる少年に対してのものだった。
「生きて、幸せになる・・・!レイルには・・その権利があるの!」
半ば絶叫のような少女の叫びに少年は目を見開き、一陣の風が甲板を吹きぬけた。
「相変わらず時と場合を考えねぇな〜。今、どういう時か分かってる?」
まるで風に乗って現れたかのように船に降り立った彼は、ニヤリと少年っぽさの溢れる笑みを浮かべた。
脂汗を浮かべる少女の翡翠色の瞳が対峙する海族の肩越しに紅色と交錯する。
信じられない。陸で内部を平定しているはずのもう一人の海賊王が海上に――この船の上にいる。
ジェイは首だけを動かしルキアを確認すると、嬉しそうに口の端を持ち上げようやくセシリアを苦しめていた剣の交わりを断つ。
「・・・っ」
腕の力が抜けた瞬間、剣は甲板に転がった。手から腕にかけて感覚が無くなっており、今までどうやって剣を握っていたのかも分からないほど力が抜けてしまった。
顔を上げると二人の海賊が薄い笑みを浮かべて対峙していた。ルキアに大きな怪我は見当たらないが、所々血が滲んでおり、壮絶な戦いの後が見て取れた。
慌てて剣を取ろうとするが、痙攣する両手は思うように動かない。
焦っているうちに二人は戦いを始めてしまった。やはり怪我をしているルキアの方が押され気味のようである。
これ以上誰かが傷付いていく事に耐えられない。こんな時に武器すら取れないなんて。
セシリアがまだまだ無力な己に激しい自己嫌悪を感じていると、
「・・俺が行く」
血の気が引いた真っ青な顔を苦痛に歪め、今だ血が滴り続ける左肩を庇いながら起き上がろうとするレイルがいた。
彼が動くたびに零れる赤が甲板に吸い込まれていく様にセシリアが悲鳴を上げる。
「止めて!今動いたら・・・!」
「これは・・俺が7年間待ち望んだものだ・・こんな所で・・」
意識も遠のいてきたのか、最後の方は自分自身に言い聞かせているようであった。
崩れそうになる体を支えるとすぐにセシリアの白い手は血に染まる。
「このままじゃ死んでしまうわ!さっき言ったでしょう!?あなたはここで死んじゃ駄目!」
「・・俺、に生きてる理由など・・」
「結婚・・・するんでしょ!?あなたから申し込んだんだから最後まで責任取りなさいよ!」
「!?」
「今更無しになんて出来ないんだから。私達は国に帰ってあの日の続きをするの。結婚式を挙げて、いつまでも幸せに暮らすのよ」
どうか分かって欲しかった。死にばかり執着しないで、きちんと生を見て。あなたが思うほどあなたは価値の無い人間なんかじゃない。
「リア?何を・・」
戸惑いに揺れる瞳に伝えないといけない事がある。
「私達の結婚は、あなたへの同情でも、お父様の言いつけの政略結婚でも無いわ」
眉根を寄せたのはきっと痛みではなく、訳が分からないと思ったからだろう。
本当に鈍い。ここまで言っても気付かないとは。
それも仕方が無かった。レイルは他人から愛される事を考えもしないのだから。自分が愛されるだけの価値があるなんて思ってもいない。
「私自身が望んで結婚するのよ」
思えば、答えなんて最初から決まっていたのかもしれない。
「レイル、あなたが好きよ。心の底から・・・愛してる」
7年前からずっと――私はあなたに恋をしていたんだわ。
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