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式典も中盤に差し掛かり、ついにレイルとセシリアの結婚発表が行われる時がきた。
先程までのざわめきが嘘のように、ホールは静まり返っている。
人々が壇上に目を向ける中、海軍最高責任者である大提督のレオニードが姿を現した。
さすがに威厳があり、緊張感が辺りを包む。
レオニードは辺りをゆっくりと見渡した後、その重々しい口を開いた。
「本日行われているパーティーは息子、レイルの艦長就任祝いのためのものだが、実はもう一つ皆さんに祝ってもらいたいことがある。・・・知っている方もいると思うのだが、レイルの結婚が決まった。相手は私の無二の友人であり副大提督でもあるパトリックの一人娘、セシリア嬢だ。」
言い終わると同時に拍手が巻き起こる。
その割れんばかりの拍手の中、セシリアはレイルと並んで壇上に姿を見せた。
人々の目が自分に集まる事に慣れず、うつむくセシリアとは対照的に、レイルは臆する様子も無く、堂々と人々を見据えていた。
拍手も段々と小さくなっていき、再び静寂が戻った頃、
「発表は以上だ。後は皆さん、大いに楽しんで頂きたい」
レオニードが手をパンパンと打ち鳴らすと、音楽が流れ始める。
ワルツの始まりだ。
各々相手を見つけて踊り始めるのをどこか他人事のようにして見ていたセシリアとレイルの元に、レオニードがやって来た。
「ほら、何をしている。お前達も踊らないか。主役の二人が踊らないでどうする」
呆れたような口ぶりで言われた言葉に、セシリアは思わずレイルの顔をうかがう。
すると、レイルはゆっくりとこちらに手を差し出してきた。
驚きに目を見開いたまま何も言わないセシリアに痺れを切らしたのか、レイルは返事を待たずに手を取り、なかば引っ張るように彼女を壇上の下へと連れて行く。
「あ、あの・・・っ」
「踊れないわけではないだろう。ここで俺たちが踊らなかったらいらぬ噂がたつ」
その言いようにセシリアはムッとする。
これでは仕方なく踊るのだと言っているようなものだ。
文句の一つでも言おうとしたところで、腰に手が添えられ、つい反射的に肩に手を置いてしまい、気付いた時にはもうワルツが始まっていた。
慌ててステップを踏むセシリアの耳元でレイルが囁く。
「俺に合わせて」
レイルのリードによって、驚くほど軽やかで流れるようなステップに変わる。
元々ダンスがそれほど得意ではないセシリアは嬉しくなって顔を上げると、ユーシスのような微笑みとまではいかないが、前に見たものより幾分柔らかな微笑を浮かべているレイルがいた。
それは瞬きをするくらい一瞬の事であったが、セシリアははっとして、ユーシスの言葉を思い出した。
"レイルは誤解されやすいからね。でも、君なら本当のあいつを分かってあげられるはずだよ"
本当のレイルとは一体どのレイルのことだろうか。
記憶の中の幼いレイル?無表情のレイル?それとも・・・先程のレイル?
考え込んでいると音楽が止んだ。
だがすぐにまた再開されて、人々も再びワルツを始める。
しかしレイルはこれ以上踊るつもりのない事を示すようにセシリアからすばやく離れた。
「もう十分だろう」
突き放すように言い、踊る人々の間をぬうようにしてホールを後にする。
「ちょっ、どこに行くの!?まだ式典は終わってないのよ!?」
「結婚発表も終わった。もうここにいる意味はないだろう」
振り返りもせずツカツカと前を行くレイルに叫んだ。
「私はまだ、なぜあなたが私と結婚しようと思ったか聞いていないわ・・・!!」
立ち止まり、振り返ったレイルは目を細める。
「まだそんな事を言っているのか」
「そんな事じゃないわ!私にとっては重要な事よ!!」
セシリアの剣幕に軽くため息を吐いてからレイルは重い口を開く。
「俺は必ず大提督になる。――そのためにこの結婚は必要だった」
「私が・・・副大提督の娘だから・・・?だから結婚しようとおもったの?」
この答えを考えていないわけではなかった。
なのになぜ自分は泣きそうになっているんだろう?
涙ににじむ目を見られたくなくて俯くセシリアの上からレイルの声が降ってくる。
「・・・全てはあいつを殺すためだ」
それは感情を押し殺した声だった。
レイルが離れていくのが分かったが、セシリアは最後まで顔を上げる事が出来なかった。
――分からないよレイル・・・。どれが本当のあなたなのか・・・。
そして、気持ちの整理がつまぬまま、結婚式当日を迎える――
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