「はぁ〜」

 セシリアは、もう何回目とも分からないため息をもらした。


 ここはレイルの艦長就任記念式典が行われているパーティーホールである。
 セシリアの目には海軍の幹部や貴族達が、なごやかに談笑している姿がうつっている。

 彼女はと言うと、華やかな雰囲気を避けるようにしてグラスを片手に隅の壁に凭れ掛かっていた。

 「はぁ〜」

 もう一つため息を吐いて、グラスを振り、中の液体の動きをぼんやりと見詰める。

 あれからレイルとは話していない。
 会場で何回か見かけるのだが、パーティーの主役と言う事もあって、いつも人の輪の中におり、その中に入って話し掛けられるほどセシリアには度胸が無かった。

 その上今日、結婚発表がある事をなぜかここにいる全員が知っており、隅にいるのにも関わらず好奇な目で見られるので、この場を離れ、ホールの中央にいるレイルの元になど行こうものならどうなるか想像がついた。
 結婚発表はもう少し後のはずだ。今なら外に出ても大丈夫だろう。

 セシリアはホールを後にしてバルコニーに出る。
 涼やかな風が吹いて、会場の熱気で火照った体を冷やしてくれる。

 グラスに口を付け、喉を潤していた時だった。

 「パーティ―はつまらないですか?」

 驚いて振り返ると、そこには真っ白の軍服を着た20代前半くらいの男の人が、女性ならうっとりせずにはいられないような微笑みをうかべて立っていた。

 セシリアも例外ではなく、その微笑に見とれていると、男がセシリアの横まで歩いて来た。
 我に返ったセシリアは、慌てて男と距離を取る。

 その行動に、男は苦笑した。

 「そんなに警戒しないで下さい。僕はユーシス・シェル・グレンドールと言います」

 初めまして、と差し出す彼の手を思わず握り返してしまう。
 ユーシスは柔らかく微笑むと、手を離した。

 「実はずっとあなたにお会いしたかったんです。有名人ですからね」
 「有名人?」
 「はい、海軍の中では。何と言ってもあのレイル艦長の結婚相手ですからね」

 笑顔のユーシスに対して、セシリアの顔は暗い。
 それに何かを感じ取ったのか、

 「・・・もしかして結婚が嫌なんですか?」

 セシリアの顔を覗き込むようにして尋ねるユーシスは、先程とは打って変わって心配気だ。

 「そう言うわけではないんですけど・・・」

 ユーシスは言いよどむ彼女の頬にそっと手を当て、花が咲いたように、ふわりと笑った。

 「・・・レイルは誤解されやすいからね。でも、君なら本当のあいつを分かってあげられるはずだよ。・・・なんせ、レイルの選んだ人だからね」

 言って、最後にもう一度ニコリと笑うと、手を離して、ホール内に入っていった。
 バルコニーに一人になったセシリアは呆然と頬に手を当てて呟いた。

 「・・・本当のレイル・・・?」









 「おい」

 ユーシスがホールに入るとすぐに声が掛かった。
 それが誰のものであるかすぐに分かったユーシスは、セシリアには見せなかった悪戯っぽい笑顔を顔にのせて、声の主を見る。

 「やあ、レイル。主役がこんなところでどうしたんだい?」
 「白々しい事を言うな。俺がここにいたことを知っていたんだろう」
 「はは。やっぱりバレてたかぁ。レイルには敵わないなぁ」
 「どういうつもりだ」

 レイルの瞳はいつも以上に鋭く、ユーシスを貫く。
 普通なら怯えて腰を抜かすほどだが、ユーシスは少し肩をすくめただけだった。

 「どうもこうも、悩んでいたセシリアさんを慰めていただけだよ。何をそんなに怒ってるのかな?」

 逆に問いかけを受けたレイルは難しい顔をしてユーシスを見ていたが、やがて、もういいと言うと、立ち去ってしまった。
 ユーシスはレイルの普段見せない、子供っぽい言動に軽く噴出す。

 「素直じゃないなぁ。そんなに嫌ならはっきり言えばいいのに。俺のセシリアに軽々しく触るなってね」

 そしてまたクスリと笑い、これから結婚発表が行われるであろう壇上に近づいて行った。












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