セシリアは今、豪勢に装飾された扉の前にいる。

 この向こうにレイルがいる。
 それを思うと、やっぱりもう少しいい服にすればよかったとか、髪に寝癖がついていたかもとか今になって思い始め、ノックをしようとする手が止まる。

 しばらくためらっていると、

 「誰かいるのか」

 と言う声が中からかけられた。

 慌てて返事をしてドアを開けると、そこには椅子に座って窓の外を見ているレイルと、お茶の準備をしているソフィアがいた。
 しばらく呆けたようにドアの前で立っていると、レイルが視線を窓に向けたまま言った。

 「座らないのですか」

 気遣いの色が全く見えない事務的な口調だった。

 「あ・・・はい」

 気の抜けた返事をして、レイルの正面に位置する椅子に腰掛ける。

 沈黙の中、紅茶をテーブルに乗せる音だけが異様に大きく聞こえた。
 用意を終え、部屋を出て行こうとするソフィアを思わず縋るような目で追ってしまう。この沈黙の中、レイルと二人きりになるのは避けたかった。

 しかし、扉は静かに閉じられ、セシリアはレイルと二人、部屋に取り残される。

 ――気まずい・・・。

 何か話さなくては、とは思うのだが言葉が出てこない。

 必死で話の糸口を探していると、意外にもレイルが先に口を開いた。

 「体は大丈夫でしたか」
 「え・・・?あっ、はい。レイル様が受け止めて下さったおかげで、特に怪我もしておりません。あの・・・ありがとうございました」

 軽く頭を下げると、いや、と言う返事が返って来ただけで、すぐにまた沈黙が二人を支配する。

 こんな事をしていたら拉致があかない。
 セシリアは心を決めた。

 「あの・・・私、レイル様にどうしてもお聞きしたい事があるんです。よろしいでしょうか?」

 レイルがこちらに顔を向ける。

 「なぜ私と結婚しようなんて思ったんですか?・・・確かに私達は幼なじみですが、この7年は会った事すらありません。それが突然結婚なんて・・・」
 「理由を聞いて、それでどうなるのです」

 抑揚の無い問いかけにセシリアはひるんだ。
 それを見て、レイルは心得たとばかりに頷き、視線をそらすと自嘲するように薄く笑んだ。

 「なるほど・・・つまり、あなたは私との結婚が嫌だと言う事ですか」

 セシリアは答えなかった。いや、答えられなかったと言った方が正しいだろう。レイルの微笑みに固まってしまっていたのだから。

 微笑みと言ってもほんの少し口の端を持ち上げただけで、ほとんど表情に変わりは無いくらいだったが、なぜか自分の知っているレイルに会えたような気がして、セシリアは息をするのも忘れていた。

 レイルは何の反応も示さないセシリアをいぶかしみ、視線を戻したところで、初めてその表情を崩した。

 「・・・なぜ泣いている」
 「え・・・あ・・・?」

 頬に触れ、指についた水滴を見てセシリアは自分が涙を流している事に気付いた。

 「やだ・・・泣くつもりなんてなかったのに・・・っ・・」
 「そんなに結婚が嫌か・・・」
 「違うわ!!・・・違うの・・・レイルの笑った顔を見たら、何だか昔のレイルが戻ってきたような気がして・・・」

 レイルは眉をよせた。

 「俺はもう、あなたの知っている「泣き虫レイル」ではない」

 言うなり席を立ち、無言のままドアに向かう。
 セシリアも後を追うように立ち上がり、表情のよめない背中に言葉をぶつける。

 「一体何があなたを縛っているの!?何にあなたは囚われているの!?」

 それを受けて、レイルは一瞬足を止めかけたが、結局そのまま部屋を出て行ってしまった。
 そのため、セシリアの、

 「・・・もしかして、まだあの海賊の事を・・・?」

 と言う最後の問いかけは、レイルに届くことなく空気に溶けていった。











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