「全く!今日は午後からレイル様がいらっしゃると昨日、旦那様にお聞きしましたでしょう!?それなのに、セシリア様ときたら、こんな時間までお休みになられて!その上、寝着のまま部屋の外に出るなど!貴族の女性としてあるまじき行為ですわっ!セシリア様付きのメイドとして、私は亡き奥様に顔向けできません!」


 セシリアが部屋に戻るなり、すぐに説教を始めたのは、もちろんソフィアである。

 対するセシリアは、父からそんな話があっただろうか、と首をかしげながら、クローゼットを開け、服を物色していた。

 ソフィアはセシリアの母、アイシスに仕えていたが、亡くなった後は、セシリア付きのメイドであり、教育係でもある。
 よく主に尽くし、仕事も出来るのだが、ただ一つの欠点が説教の長さであった。

 それはセシリアが相手でも変わらず、むしろ長い事が多い。
 セシリアは、これは長くなりそうだ、と密かにため息をもらしたが、今回の事は自分が悪いと分かっており、説教を聞いているうちに落ち着いてきたので、たまには素直に聞いていても良いかと思ったが、それよりも大事な事があった。


 「お説教なら後でいくらでも聞くから、今はレイル・・様の事を何とかしなくてはいけないんじゃないの?」

 言われたソフィアは、はたと動きを止めたかと思ったら、みるみるうちに青ざめていった。

 「あぁそうでしたわ・・・!私としたことがセシリア様に気をとられるあまり、数々のご無礼を・・・!その上、レイル様をお一人で階段に残してきてしまいましたわ!!」

 今すぐに客室にご案内しなくては、と大急ぎで部屋を出ようとするところに声をかける。

 「服を調えたらお会いします、とレイル様に伝えておいて」

 本当に聞こえたのか、返事もそこそこにソフィアは部屋を出て行った。

 ドアが閉まると、嵐が去ったかのように部屋が静まりかえる。
 いつもならソフィアの他にも2,3人はメイドがいるのだが、きっと今はレイルの対応に追われているのだろう。

 だが、それがセシリアには有り難かった。元々服を人に着させてもらうのが苦手だったからと言うのもあるが、今はとにかく一人になりたかった。

 クローゼットから特に考えもせず一着を取り出して、それをベッドに置こうとした時、その服が一番のお気に入りで、外出用のものである事に気付いた。

 ――やだ・・・私、何でこんな服を・・・ただレイルに会うだけなのに・・・。

 これではレイルに見られる事を意識しているようではないか、と羞恥に頬を染め、慌ててその服をクローゼットに戻す。

 代わりに一番地味な服を取り出して、支度に取り掛かる。
 好きでもない人との結婚は嫌だ、あんなのレイルじゃない、と思いながらも意識してしまう自分がひどく恥ずかしく、同時に困惑した。

 ――私は一体どうしたいんだろう・・・。

 こんな気持ちでレイルに会えるだろうか。

 思い出すのはあの冷めた目。

 不安が押し寄せ、逃げ出したい、と言う思いがセシリアを支配する。
 しかし、それは本当に一瞬の事で、すぐに消え失せた。
 不安に打ち勝つほどの決意がセシリアにはあったからだ。

 逃げるわけにはいかない。明日には結婚発表があるのだ。
 直接レイルと話をして、結婚を申し込んだ真意がどうしても知りたかった。それを聞いたからといって、結婚するという事実は変わらないのだが、少なくとも自分の心に何らかのけじめがつけられる気がした。例え結果がどうであろうとも。

 「よし!」

 最後にボタンを一つとめ、裾を軽くはたく。

 ――これは勝負よ。それも人生をかけた大勝負。

 準備は整った。


 セシリアの、人生をかけた大勝負が今始まろうとしていた。











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