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セシリアはゆっくりと目を開けると、まだ昔話をしている父に顔を向ける。
「レイル・・・様は今、海軍に所属していると聞いたのですが・・・」
自分の話を静かに聞き、懐かしんでいたと思った娘からの突然の質問にパトリックは一瞬呆けたが、すぐにまた笑顔に戻る。
「おお。大事な事を忘れておった。レイル君は史上最年少で私やレオニードの行った、海軍幹部養成学校を卒業したのだよ。私でもなかなか苦労したと言うのに・・・」
「お父様」
「おお、すまんすまん。そのレイル君だが、今度、何とあの三大艦隊の一つである、リズホーク艦隊の艦長となることが決まったのだ。
明後日、その記念式典がある。それに私達は招待されておる。そこでお前達の結婚の事も公に発表しようと思っておるのだが・・・どうだ?」
一瞬の沈黙ののちに訪れたのは、ガタン!と言う大きな音だった。
それは、セシリアが勢い良くテーブルに手をついて立ち上がったため出たものであった。
パトリックは、娘のその行為が怒りのためだと思い、慌ててなだめにかかる。
「落ちつきなさい」
「艦長!?レイルってば艦長になったの!?」
声はほぼ同時だったが、セシリアの声の方が何倍も大きかったので、パトリックには娘が何と言ったのか理解出来た。
てっきり結婚の事に怒っているのだと思っていたが、それは大きな勘違いだったようだ。
セシリアは怒っているのでは無く、驚いているのだ。レイルの艦長就任に。
だが、それも無理は無い。レイルはセシリアと同じ17歳。17歳で三大艦隊の艦長になることなど、普通ではあり得ないのだ。
50代になって、やっとなれると言う人も珍しくは無い。
それをレイルは10代でなってしまったのだ。
それに、セシリアは幼き日のレイルを知っている。
レイルは気が弱く泣き虫で、自分が付いていなければ駄目だったのである。
それが今では誰もが憧れる三大艦隊の艦長である。これが驚かずにいられるものか。
パトリックはセシリアの言葉遣いに少々眉を顰めたが、それよりもセシリアの驚きぶりに満足だったらしく、
「レイル君は次期大提督とも言われ、部下からの信頼も厚いらしい。結婚相手としては申し分ない。それにお前達は面識があるのだし、問題ないだろう?」
と言い、すっかり冷めてしまった紅茶を口に運ぶ。
セシリアは肩の力が抜けたかのように、力無くイスに腰をおろす。
――問題無いですって・・・?大有りよ・・・。
面識があると言っても7年も前の事である。
人を変えるには十分な時間だ。元のように話す事など出来そうに無い。
はぁ、と深いため息を付いた時、一番根本的な事に気が付いた。
「それにしても、どうして突然結婚だなんて話になったの?」
するとパトリックは意外そうな表情を浮かべた。
「まだ言ってなかったか・・・私がレオニードと親友だと言う事は知っているだろう?
昔からお互いに子供が出来て、その子らが男女だったら結婚させよう、何て事を言っていたのだが、もちろんこれは戯れに過ぎん。・・・一番の理由は、レイル君だよ」
「レイル・・・?」
「そうだ。彼が直接言って来たのだよ。お前と結婚させて欲しいと」
驚きのあまり声も出ないとは将にこの事である。
女性の地位が低いこの国では、結婚をする時、まず男が女の父親に許しをもらいに行くのが通例である。父親は男が娘にふさわしいかどうか見極めて答えを出す。
娘に決定権は無く、父親に従うものだ。それは古きを重んじる貴族により深く根付いている。
「それをお父様は受けたと言う事ね・・・」
こうなればもう従うしかない。例え拒否をしたところで意味のない事なのだ。
所詮、父も娘を自分の出世の道具にしか思っていない世の貴族達と同じか、と薄く笑むセシリアの肩にパトリックが手を置く。
「私はお前の幸せを考えたのだよ。お前ももう17。世間では結婚していてもおかしくはない年だ。
このままお前を一人身にさせて、世の噂の種などにしたくは無かった。それに、みすみす王族の方に嫁がせて
後宮で苦労するお前を見たくも無かったのだ。・・・分かってくれるね?」
諭すように優しく言われ、頷く事しかセシリアには出来なかった。
自分の父親よりも年上の人に嫁いだり、何人も妃のいる王族に嫁ぐよりは余程いい。自分は恵まれている。
そう思う事で、幼い時から密かに思ってきた、本当に好きな人との幸せな結婚と言う夢を、頭から振り払おう
としている事が自分でも分かり、セシリアは自嘲した。
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