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「・・・お父様・・・今、何と仰りましたの・・・?」
鳥の囀りが聞こえる穏やかな昼下がり。セシリアは久しぶりに父と午後のティータイムを楽しんでいるはずだった。
しかし、セシリアの眉は顰められ、頬は引きつっており、とても穏やかで楽しいティータイムには見えない。
「おや、聞こえなかったかい?セシリアの結婚相手が決まったと言ったのだよ」
娘のただならぬ様子に気付くそぶりすら無く、ニコニコという音さえ聞こえてきそうな笑顔を浮かべて、ゆっくりと言い聞かすように話すパトリック。
そんな父を怒鳴りたくなるのを堪え、セシリアはゆっくりとティーカップを置き、姿勢を正す。
「お父様、前にも言いましたけど、私、結婚相手は自分で選びます。お父様が心配して下さるのは嬉しいのですが・・・」
「そのことなら大丈夫だ。相手はセシリアも知っている方だし、お前も昔、よくその方と結婚するんだと言っておったしなぁ」
「・・・え・・・?」
突然の事にセシリアは固まった。頭の中では先ほどの父の言葉がぐるぐる回っている。
――私が昔から知っていて、しかも結婚するなんて言うほど仲の良かった人・・・?
何度もその言葉を頭の中で反芻し、ようやく一人の人物に行き当たる。
――まさか・・・
確かめるような、問い掛けるような視線をパトリックに向けると、彼は再びにこりと笑む。
「やっと思い出したか。私はお前が忘れてしまったのではないかと心配してしまったよ。お前の思っている通り、相手はあのレイル君だ」
昔はよく一緒に遊んでおったなぁ、と昔話を始めたパトリックの言葉など、今のセシリアには聞こえてはいなかった。
自分の考えていた通りの人物であったとはいえ、衝撃を受けた。
その名を聞くのはもちろん初めてではない。会った事があるのはもう随分と前の事になるのだが、風の噂でたびたびその名を聞いていたので、現在の彼については、心得ているつもりだ。
とは言っても、最年少で海軍に入り、将来を有望されているエリートと言う事くらいしか知らないのだが。
“レイル”
目を閉じ、そっと、自分でも聞こえないくらいの大きさで呟いてみる。
それは、ひどく懐かしくもあり、同時に悲しい響きでもあった。
レイルの正式な名前は、レイル・ディル・レオンハルトであり、海軍の中でもトップである大提督の一人息子である。
今、世界中で海賊がはびこっており、国の治安を守るための重要な機関が海軍である。しかも、セシリア達の居るこのメリクリウス王国は島であり、当然周りは海に囲まれているので、海賊の被害も尋常ではなかった。
その海賊を捕らえる事が出来る唯一の機関が海軍であり、国で重宝されている海軍の地位は高く、大提督ともなると、王室関係者の次に高いと言われている、大貴族である。
かく言うセシリアの家も父パトリックが大提督の次に地位のある、副大提督であるから、そこらへんの貴族よりは遥かに裕福である。
セシリアの父とレイルの父、レオニードは海軍のエリート学校である海軍幹部養成学校以来の大親友であり、家の繋がりも深かった。
そういうわけで、セシリアとレイルは兄弟のように育ったのだ。
あの日までは。
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