帝君は真っ赤になるあたしを見て満足そうに目を細めたと思ったら、次の瞬間にはハッとしたように腕時計を見ていた。

 「時間がないな・・・。早く着替えて来い。ここで待ってるから愛美さんも連れて来いよ」
 「へ?」

 突然ママの名前が出て来たものだから、驚いて首を押さえていた手を放してしまった。
 そこから覗いているだろうキスマークに彼は笑みを深くする。

 「今から屋敷に行くんだ。珍しく茉莉が色っぽくなってるのに残念だけど」
 「屋敷って・・・ママと明さんを話し合いさせるって事?」

 帝君の言葉に文句を言いたかったけど、今はママ達の事が大切だ。彼によると、明さんはしばらくは日本にいるんだけど、屋敷にいるのは新年を迎えた今だけらしい。夜が明けると、色んなパーティーに出席しないといけないとか。

 「でも、ママが素直に来るかどうか・・・」
 「上手く嘘をついてここまで引っ張って来い。車に乗せてしまえばこっちのものだ」

 不穏な事をサラリと言って怪しげな光を瞳に宿す少年はもはや天使の欠片もない。そんな拉致まがいな、と思いつつも従うしかない可哀相なあたしはすごすごとマンションに戻った。









 「二人っきりにして、大丈夫かな」
 「二人ともいい大人なんだから問題ないだろ」

 そっけない彼に気付かれない様に小さく息を吐く。帝君にとって、二人が離婚しようがどうでもいいんだろうか。でも、アメリカまで行ってくれた・・・本当はどう思ってるんだろう。

 マンションに戻ったあたしは着替えて、何とか誤魔化しながらママを連れ出した。ちなみに今着ている服はハイネック。他に選択の余地がなかったのは全部隣にいる少年のせいなんだけど。

 ママ達が話し合っている間、あたし達はする事もなく、広すぎるリビングルームでテレビを見ぼんやりと見ていた。

 お笑い番組や音楽番組。今日は深夜になっても見る番組が無くなる事は無い。だけど、それらを楽しむ余裕はなかった。ママ達も気になっていたし、帝君との事もまだ解決してないから。

 だけど、話を切り出すタイミングを完全に見失ってしまった。マンションの前で話すはずがうやむやになってしまったせいで。
 どうしようか考えていると今までBGMとなっていたテレビの音が止んだ事に気付く。顔を上げると大きなテレビの画面にはもう何も映っていなかった。

 「そろそろ俺達も話し合いをしようか」

 言って、あたしに向き直る帝君の手にはリモコンが握られていた。話し合いをするために邪魔な雑音を消した、と言ったところか。

 言い出すタイミングを失っていたあたしにとっては願ったりな申し出だったが、急にさぁ、話し合おうと言われても何て言っていいのか困る。

 「まずは、茉莉が電話で言ってた遊びについてだな。あれは一体どう言う意味だ?」

 目を泳がせていたあたしに気付いたのか助け舟を出してくれる帝君にホッとしつつ、胸の内をポツリポツリと話し始める。

 テレビで見た事。流架君に聞いた事。ゆっくりだったけど丁寧に、あたしの気持ち、不安を彼に伝えた。

 だけど、全てを言い終えた後、彼は一言、そうか、とだけ言った。

 「・・・それだけ?他に何か言う事があるんじゃないの?」
 「俺に何の答えを期待したわけ?婚約者なんかいないって、俺はお前だけだって言って欲しいのか?」
 「なっ・・・!」

 その通りだった。否定して欲しかった。遊びじゃないって、婚約者なんて作らないって明言して欲しかった。言ってくれると信じてた。信じたかった。

 「じゃぁいるの?婚約者・・・あたしはやっぱり今だけの遊びって事?」

 声が震えるのが分かる。肯定されるのが怖い。遊びだよって言われたらどうしよう。

 「俺が信じられないわけ?遊びって・・・それはもう嫌ってほどやったから今更しねぇよ」
 「嫌ってほど・・・」

 この顔で、このスタイルなんだから無理もない。事実、あたしは帝君がかなり遊んでいた事を知っていた。そしてそれを止めた理由も。

 「婚約者は・・・今はいないけど、今後成人すれば問題に出てくるだろうな」
 「そんなぁ・・・」

 流架君のようにあっさりと言う事に再び絶望に突き落とされる。やっぱり、彼らの世界では当たり前なんだ。それを帝君は受け入れているって事?

 がっくりと肩を落とすあたしに、帝君は呆れた様に眉を寄せる。

 「お前さっきから他人事みたいに俺にばっかり聞いてくるけど、お前だって桐堂財閥の者なんだぞ」
 「うん。まぁ、一応はね・・・あんまりまだ自覚無いけど」
 「だから気付かないかもしれないけど、俺の婚約者がどうこう言う前に、まず自分の婚約者について考えろよ」
 「・・・はぁ?」

 何、言ってるの。あたしに、婚約者ぁ?そんなの有り得ない。だってあたしはただの――庶民じゃなかった。
 ママが離婚すればそうなるけど、このまま結婚生活を続ければ、あたしは日本を代表する財閥の一員と言う事になる。

 「あ、たしに婚約者が出来るって事もある・・の?」

 あたし個人ではなく、その裏にある桐堂財閥と言う名に惹かれる人は多いだろう。元々財閥の人間じゃなくても、次期社長の義姉なんて、きっとかなり美味しいポジションのはずだ。

 「当たり前だろ。むしろ俺より早いだろうな・・・今決まったとしても別に不思議じゃない」
 「嘘でしょ・・・!?」

 悲鳴にも似た声がリビングルームに響いた時、ドアが開かれて話し合いを終えた二人が入って来た。  











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