突然の事に何も言えずに青くなって固まる。何だか帝君の顔が妻の不倫現場を見つけた夫、みたいになってるのは気のせいだろうか。
 いや、でもあたしは別に浮気なんてしてない。初詣に行く事は帝君に言ったし、そもそも流架君はそういうんじゃないんだから。

 だから何も焦る必要なんてないはず。電話はそりゃぁ悪かったと思うけど、彼だって悪い所はあったわけだし。


 ・・・なのに。どうしてかあたしは俯いて冷や汗をかいていた。まともに相手の顔が見れない。

 ひたすら下を向いて、何とかこの状況を切り抜けられないか考えていると、視界に彼の質のよさそうな革靴が入って、絶望する。

 「・・・俺に何か言う事ある?」
 「・・・・・明けましておめでとうございます」

 底冷えするほど冷たい声で問われて、咄嗟に誤魔化したけど、ますます空気が冷たくなったのは確実だ。

 「・・・あの、何か用?今から流架君と初詣行くんだけど」

 少しだけ顔を上げて、だけど目は合わせずに言うと、分かりやすく舌打ちをされた。怖い・・・怖すぎる!蛇に睨まれた蛙ってこんな気分なのかな。

 「わざわざ着物まで来て・・・ずいぶん気合入ってますね、義姉さん?」

 ママが無理やり着せたなんて言っても言い訳にしか聞こえないだろう。この時本気でママを恨んだ。
 彼が、義姉と呼ぶ時は揶揄か皮肉に決まってる。こうなったら、肯定も否定もせずに黙秘を続けるしかない。

 「遊びとかわけわかんねぇ事言って勝手に電話切って・・・言いたい事があるなら言えよ」

 こんな、いつ誰が通るとも分からないマンションの前で、流架君の前で修羅場を演じろと?とてもじゃないけど無理。


 そんな、あたしの動揺が分かったのか、帝君は軽く息を吐くと流架君に顔を向ける。

 「悪いな。こいつ連れてくから初詣は一人で行ってくれ」
 「えっ!?」
 「何?」

 思わず上げた非難の声もひと睨みで一蹴される。・・・本気で怖すぎるんですけど。目が16歳のそれじゃないんですけど。

 流架君は、ヤクザと化した帝君には答えずに、俯くあたしの顔を心配そうに覗き込んだ。

 「・・・だいじょぉぶ?」

 何回この台詞を彼の口から聞いただろう。本当に迷惑ばかりかけてる。このままここにいたら帝君が何か失礼を働くかもしれないし、これ以上巻き込んじゃ駄目だよね。

 「うん。ごめんね・・・初詣はまた今度にしてもらえる?」
 「いいけど・・・ほんとに・・」
 「大丈夫だよ。ありがとう」

 心配かけまいと顔を上げて精一杯笑顔を作るけど、まだ流架君は困った顔をしてた。上手く笑えなかったんだと思う。

 「後で電話するから」
 「・・・ん。わかった」

 渋々、と言った表情で頷くと手を振って帰って行った。きっとどこかに車を待たせてるんだろう。

 「・・・まるで恋人同士だな」

 彼を見送っているあたしの背中に帝君の声が突き刺さる。まだまだ不機嫌は抜けていないようだ。
 いつまでも黙っていても始まらない。あたしは勇気を出して振り返ると極力明るい声でとぼけて見せた。

 「や、やだなぁ、それって焼きもちやいてるみたいだよ」

 ここで帝君が調子を合わせて否定してくれたら良かったのに、彼は真剣な眼差しで、

 「実際焼いてんだよ」

 なんて言うものだから、あたしは真っ赤になった顔を隠すように俯くしかなかった。
 だから、見えなかったんだ。帝君がその時どんな顔をしていたのか。

 「ひゃっ・・・!?」

 気が付いた時にはあたしの体は彼の腕の中にあって。ただでさえ帯で苦しいのに、帝君のそれは抱きしめると言うよりは抱き潰すと言った感じで、あたしは痛みで顔を歪めた。

 すぐに放して、と言うつもりだったのに耳元で囁かれた彼の声があまりにも悲しげで、抵抗しようとする体から力が抜けていく。

 「不安にさせるなよ・・・俺に彼氏面させてくれ」
 「え?」
 「お前が何を考えてるのか分からない。ちゃんと言ってくれないと分からないんだよ・・・」

 額をあたしの肩に押し付けて、吐き出すように言う彼はさっきまでの行動が嘘のように弱弱しかった。

 その時気付いたんだ。不安なのはあたしだけじゃなかったんだって。

 「・・・ごめんね」

 心からの謝罪の言葉だった。本当に馬鹿だ。目の前の不安に押しつぶされて周りが見えてなかった。あたしこそ、彼の気持ちを考えてあげられてなかったのに。

 これで仲直りが出来ると思った。不安を打ち明けられるって。なのに、

 「・・・この俺を不安にさせたんだ。謝るだけじゃすまないな」
 「は?・・・ぎゃぁ!?」

 むき出しになった首筋にチクリとした感触を覚えて、思わず色気もへったくれもない声を上げてしまった。

 慌てて腕の中から抜け出して首筋を手で押さえる。鏡がないから確認出来ないけど、もしかしたらもしかすると――

 「色っぽいんじゃない?着物にキスマークってのも」

 にやり、といたずらっぽく笑う彼を見て、確信する。

 「さっ・・最低!!」

 馬鹿なあたしはちょっと会わなかったから忘れてたんだ。彼は、天使の仮面を被った悪魔だって事を。











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