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そして、つい口走ってしまった・・・言わなくてもいい事を。
「今だけの遊びなら、彼氏面しないでよ」
「は?どう言う事だよ」
怪訝な帝君の声に、すぐに自らの失言に気付く。こんな形で言うつもりなかったのに。
「おい?遊びって何だよ。何考えてる?」
沈黙するあたしに少し焦ったように彼が問いただしてくる。だけど、
帝君って婚約者いる?出来る予定はあるの?あたしとこれからも付き合っていくの?いかないならどうして付き合ったりしたの?
・・・聞けない。聞けっこない。もう少し、甘い時間を過ごしていたいから。
「・・・何でもない。ごめん、晩御飯の準備あるから切るね」
「ちょっと待っ・・」
制止を無視して一方的に切る。こんな事をしたら益々彼との関係がこじれると分かってはいても、今話していたら取り返しの付かない事を言ってしまいそうで、その方があたしには怖かった。
すぐにまた、着信を知らせるメロディが流れるが、あたしは聞こえないふりをした。
「明けまして、おめでとう」
「・・・・・・」
待ち合わせだったマンションの前。着物姿を見た瞬間、流架君は目を丸くして絶句してしまった。
「あの、流架君?」
呼んでも返事は無い。もしかしたら似合ってないんだろうか。真夜中に着物なんて呆れられたんだろうかと焦って言い訳を考えていたあたしの頭上から僅かに上ずった声が降って来た。
「・・驚いた」
そして彼はフランス語でまくしたてるように何か言うと、興奮したように頬を赤めらめて、目を白黒させるあたしの肩に手を置くと―
「Tu es joli.」
額に一つ、キスを落とした。
「〜〜〜っ!?何!?」
慌てて額を押さえるあたしとは正反対に、流架君は花が開いたような微笑を浮かべると、今度は日本語で言った。
「・・かわいい」
うっ。出たよ、彼の必殺技・・・殺人スマイルが。相変わらずの殺傷能力の高さにあたしの心臓は果たして持つのか。
彼とは友人になったと言っても、こんなに美少年なんだからドキドキするのは仕方ないと思う。
そんな言い訳じみた事を胸中で考えていると、流架君が小首をかしげた。
「じゃ、行こ?」
「え、あ・・・うん」
そして気を取り直して歩き出そうとした時だった。まるであたし達の行く手を阻むかのように一台の車が乱暴に止まったのは。
「危ないなぁ・・・あれ?」
文句の一つでも言おうかと思っていると、その車にどこか見覚えがあった。
闇に溶け込んでしまうほどの黒塗りの車を暗がりの中、必死に目を凝らして眺めていると後部座席のドアが勢いよく開いて、中から誰か出て来た。
「あ・・・」
「え?」
流架君はすぐにその人が誰か気付いたみたいだけど、まだ暗闇に目が慣れていないあたしは呆然とする彼の顔を横から見上げていた。
「茉莉」
だけど、その人物に名前を呼ばれて、あたしは全てを悟った。
まさか、と思ったけどあたしがその声を聞き間違えるはずが無い。あんなに聞きたかったんだから。
それでも、顔がはっきり見えるまで信じられなかった。だって、あんな風に電話を切って、かかってくる電話をことごとく無視したんだから、きっと怒ってるに違いない。
だから、会いに来るなんて考えてなかった。あの屋敷からここまではかなりの距離があるし、彼は仕事が忙しいと言っていたから。
でも、暗がりから外套の灯りの元に歩いて来る人物はどこからどうみても――
「み、かど君・・・」
漆黒の瞳に怒りをたたえた桐堂帝、その人だった。
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