「ね、一緒に・・・初詣、行こ?」

 ぼんやりと考え込みながらブランコをこいでいると、流架君がポツリと言った。

 「え?」
 「日付、変わったら・・・迎えに行くから・・・行こ?」

 笑顔で、だけど少しだけ不安そうに、窺う様に言う彼の気遣いが素直に嬉しい。

 友人になると言ってくれた彼に甘え過ぎていると思う。でも、あたしには彼しか頼る人がいなくて――

 「・・・うん、行こう」

 気が付くと、頷いていた。









 「ただいまぁ」

 玄関を開けながら小さく言うと、すぐにおかえり、と明るい返事が返って来た。ママもちょうど帰って来たばかりなのか、食材を冷蔵庫に入れているところだった。

 「寒かったでしょぉ?今日はお鍋にするからねぇ」
 「手伝うよ。あ、そうだ・・・ママ、あたし初詣行ってもいいよね?」
 「初詣?」
 「友達に誘われたの」
 「えぇ〜。ママも茉莉ちゃんと行きたかったのにぃ。着物も用意してあるし〜」

 あたしとママは毎年二人で着物を着てお参りする。わざわざ着物まで、と思っているけどそう言うイベントはきっちりしなきゃママは気がすまないらしい。

 「友達とは夜行くから、ママとは帰って来て、少し寝てから朝一緒に行こう」

 そう言うと、ママは、その後も寂しいとか夜は危ないとかブツブツ文句を言っていたけど何とか最後には許可をもらった。


 ホッとしたのもつかの間、

 「で?一緒に行くお友達は男の子なのぉ?」

 ママが突然下世話な事を聞いてきた。咄嗟の事に誤魔化せずに頬を赤らめてしまった瞬間、あたしの負けは決していた。
 ママはあたしの慌てる様子にますます楽しそうに笑みを深めると、納得するように一人頷いた。

 「茉莉ちゃんも、もう17歳だものねぇ〜そうゆぅ人の一人や二人、いて当然よねぇ」

 いや、二人いたらまずいでしょ。そもそも、彼はそんなんじゃないし。

 「デートなら、気合を入れて可愛くしなきゃねぇ!彼氏との初詣は着物で決まりよぉ〜」
 「人の話を聞けっての!」

 一人で勝手に盛り上がって着物を選び始めるママを止められる人なんて果たしてこの世界にいるんだろうか。少なくともあたしには無理だ。

 ママの事は早々に諦めて、着替えるために自室に行こうとした時だった。あたしの耳に僅かだが、聞きなれた機会音が飛び込んで来る。
 それがカバンの中の携帯からだと分かると、心臓が一気に早まった。飛び込むようにして自室に入るとドアを閉める。

 緊張から震える指でカバンから音源を取り出して、発信を調べると桐堂帝の3文字。

 切れてしまう前に慌てて通話ボタンを押す。

 「も、もしもし!?」

 声が裏返ってしまった。自分がどれほど彼からの連絡を待ち望んでいたのか、はっきりと分かった気がした。

 「今、電話大丈夫か?」

 久しぶりに聞く声に胸が熱くなる。本当は生の声が聞きたいけど、会いたいけど、それでも十分だった。

 「・・・大丈夫だけど、今までどうしてたの?連絡つかなかったんだけど」

 必死に平静を装う。
 このくらいの文句は言わせて欲しい。繋がらない電話に、返って来ないメールにあたしがどれほど辛い思いをしたか分かって欲しかった。

 「あぁ、ちょっとアメリカ行ってたんだ。それで飛行機の乗り継ぎとかバタバタしてて」
 「アメリカ!?それって、ママの件で明さんに会いに?」
 「あぁ。今は親父と日本にいる。一回話し合いをさせた方がいいと思って。まだ離婚届とかは出してないみたいだから」
 「そうだね・・・ママに言ってみるよ」


 そこでしばらく沈黙が続いた。ママ達の事も大切だけど、それ以上に、あたしはあのニュースの内容を聞きたかった。
 アメリカに行っていたって事はニュースを知らないんだろうか。あたしが何を考えて、何を悩んでいるのかも。

 思い切って聞いてみようか。でも、婚約者がいるって言われたらどうすればいいんだろう。


 電話口で悶々としていたあたしに焦れたのか、帝君が先に沈黙を破った。

 「久しぶりに会いたいんだ。今夜、会わないか?」
 「今夜って・・・」
 「一緒に年越しをしよう」

 何て最悪のタイミング。でも、あたしはもう流架君と約束している。先に彼と約束したんだから優先するのは当然だ。

 「ごめん。もう友達と約束してて・・・」

 そう思って断ると、帝君の機嫌が一気に悪くなったのが声から伝わって来た。

 「友達って誰?前の学校の友達?」
 「え?えぇっと・・・」

 つい、どもってしまったあたしがいけなかった。察しがいい彼はすぐに違う事に気付いたみたいで、地を這うような低い声で一言、

 「まさか・・・あいつと?」

 誰とははっきり言わなくてもすぐにあいつが流架君を指しているんだって分かった。
 ここで嘘をついても仕方がないと思った。どうせすぐに分かる事なんだし、別にやましい事なんてないんだから。彼は友達なんだから。

 でも、いくら言っても帝君は分かってくれない。どんどん不機嫌になっていくのが分かって、焦る。何でそんなに怒るんだろう。あたしと彼はもう――

 「断れよ。俺がお前の彼氏だろ?だったら俺以外の男と初詣なんか行くな」


 いつものあたしなら、可愛い焼きもちだって笑えたかもしれない。だけど、今は違った。
 忙しかったからって放っておかれた事。あたしの不安に全く気付いていない事。なのに、こうして彼氏面する事。

 その全てが嫌でたまらなくて、無性に、癪に障ったのだ。    











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