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数日経っても帝君からは何の連絡もなかった。あたしから電話をかけようにも繋がらない。本当にどうしたんだろう。
彼を信じたいって思うのに、離れていると、顔を見ないと、不安になる。もしかしたらあの夜はクリスマスに起こった奇跡だったんじゃないかって。
「駄目だなぁ」
しっかりしないといけないのに。ママを助けないと。だけど、どうしてもあのニュースが頭から離れなくて、あたしはまた一人、溜息を吐く。
そんな時だった。家のチャイムが鳴ったのは。ママは出かけていたから、あたしが出なきゃならない。
引っ越してきてから新聞の勧誘とか色々あったから、どうせ今日もそうだろうと思って、
「なんですかぁ〜?」
と、かなりやる気の無い返事をしてドアを開けた瞬間、寒さとは違う意味で凍りついた。
「・・・茉莉、久しぶり・・」
そこにいたのは馴れ馴れしい新聞勧誘のお兄さんではなく――
「流架君!?」
寒さに頬を頬を赤くしながら微笑む美少年は間違いなく流架君で。あたしはもうただただ驚いていた。
だって、あたしは引っ越した事をまだ彼に言ってなかったんだから。それなのにどうして家が分かったんだろう?
「・・それは、色々・・・」
問いただすと、ゴニョゴニョと誤魔化す少年はもう見飽きている。
あたしは分かっていた。いつも神出鬼没な彼はただの天然少年ではなく、本当はとんでもなく有能な情報魔だって事を。
だから、深くは聞かない。聞いたら後悔するような気がするから。
「それで、一体どうしたの?何か用があって来たんでしょう?」
「・・・ん。新年の、挨拶」
言うなり、明けましておめでとう、と頭を下げる彼にあたしは完全に呆けた。だって今日は・・・
「まだ31日だよ?」
そうなのだ。今日は12月31日であって、まだ1月1日じゃない。後7時間もすれば新年になるけど。
「・・・・・・え?」
流架君が珍しく、焦ったように目を瞬かせた。本当に気付いていなかったみたいだ。普通は気付くと思うんだけど、彼なら有り得ると思ってしまった。変な所でいつも抜けているんだから。
「あ、の・・・オレ・・」
「いいよ気にしなくて。あたしも一人で暇だったから、来てくれて良かった」
本当に、正直ホッとしていた。一人でいると、どうしても考え込んでしまって悪い方向へばかり思考が向かっていくから。
「流架君さえ良ければどこか出かけない?」
「・・・うん」
そうして、嬉しそうに笑う彼に、心が癒されていくのが分かる。
着替えるから待ってて、と言い残して部屋に戻る。ママにメールをしてから帝君の番号を無意識に探してしまった。もう癖になっているな、と苦笑しながら、けれど電話はせずにそのまま携帯を鞄にしまう。
今日一日くらいは悩みたくない。清清しい気持ちで新年を迎えたかった。
どこかへ出かける、と言っても31日の今日、どこも人がいっぱいで人ごみの苦手な流架君のために近くの公園に行く事にした。
閑散とした公園のブランコに座る。軽く揺らしながらあたし達は取りとめのない話をした。
今日は寒いね、とか明日はどう過ごす、とかそんな世間話。そんな中で彼はあたしの変化に気付いていたみたいだ。
「・・何か、あった?」
心配そうにこちらを伺う栗色の瞳を前に、嘘は通用しない。鈍いようで鋭い。本当に、かなわないと思う。
「・・・流架君は婚約者とかいるの?」
唐突・・だったと思う。だけど、彼はわけを聞かないで答えてくれた。
「オレ、はいない。けど・・いる人もいると、思う」
「やっぱりそうなんだ・・・。でも、勝手に決められて結婚するなんてそれでいいって思えるものなの?」
「さぁ・・でも、昔から、そうやって言われてきたら・・。社長の息子としての、責任の一つ・・じゃない、かな」
あっさり返す流架君にショックを覚える。やっぱり世界が違うと思った。あっさりと政略結婚を認めてしまう世界なんてあたしは知らない。
「じゃぁ・・・結婚相手が決まっているのに他の女の子と付き合う事も普通にあると思う?」
「まぁ・・あるの、かな。付き合うだけなら」
「そ、そっか」
思わず声が上ずった。現実を突きつけられた気がした。
確かに高校生のうちから、この人と結婚すると思って付き合う人は少ないだろう。だけど、彼らの場合は完全に遊びなんだ。付き合っていても将来は無い。別れるしかないんだから。
いや、もしかしたらずっと付き合えるかもしれない――愛人として。だけど、絶対に表舞台には立てない。堂々と付き合ってるって言えないんだ。
「茉、莉?寒いの?」
震える体。その震えが伝わってブランコが僅かに音を立てると、流架君が心配そうにこちらを見たのが分かった。だけど、あたしは笑顔で大丈夫とは言えなかった。
あたしはただ、帝君が好きで告白して、付き合えて、本当に嬉しかった。だけど、帝君はどうなんだろう?
確かにあたしの事を好きでいてくれていると思う。今の彼の気持ちを疑う事はしない。だけど、未来は分からない。
ニュースの通り、彼だってきっと婚約者はいる。いなくても、今後出来るはずだ。その時あたしと帝君の関係はどうなるんだろう?
・・・そもそもどうして帝君はあたしと付き合うのだろう。いずれ別れなければいけないと一番分かっているのは彼のはずなのに。
やっぱり・・・今だけなの?あたしとは、遊びなの?
それを聞きたくても帝君は答えてくれない。携帯は何の反応も示さない。それが、肯定しているようで、あたしは酷く悲しかった。
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