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「取りあえずにしては、結構いいマンションでしょぉ?」
「そだね」
「もうすぐお正月だものね。これなら何とか年越しできそぉね」
一人、ルンルンとしながら荷物を運んで行くママを横目にあたしは溜息を禁じえない。
そう、もうすぐ年越しでお正月なのだ。あわよくば帝君と初詣とか考えていただけにショックも大きくて。
「ねぇ、ママ?本当に離婚するつもりなの?」
「・・・離婚したがってるのは明さんの方だもん」
先程までの笑顔が一気に消えて、ママの瞳は憂いに揺れた。これ以上突っ込んだら間違いなく泣くだろう。それは避けたかったので、あたしは詮索するのを止めた。
少し時間が経てばママも落ち着くだろう。それに浮気が真実かどうかも帝君が調べてくれているはずだ。
・・・出来れば離婚なんてして欲しくない。
義弟と付き合うのに多少は抵抗があるのは勿論だけど、義姉弟の関係が終わればあたしと帝君はもう二度と会えないかもしれない。本当なら一生出会えるはずのない相手なのだから。
日本を代表する大財閥の御曹司とただの庶民の娘。身分とかは現代はないと言ってもそこには超えられない壁があると思う。
「・・・はぁ」
落ち込んだ気分を晴らそうと目に付いたリモコンを手にとってテレビを付けた。バラエティでも見れば少しは気がまぎれると思った。なのに。
画面が写った瞬間、アップで微笑む帝君の姿が目に飛び込んで来て、あたしは思わず声を上げた。
その声につられて、ママも荷物を置いてテレビを覗く。
「あら、この前の帝君の誕生日パーティーのニュースじゃない。ママ出席出来なくて残念だったわぁ」
「えっ」
そう言えば、パーティー会場には何台かカメラが入っていた気がする。まさかニュースで流されるなんて・・・。
呆然とするあたしをよそにキャスターのお姉さんがにこやかに話し始める。
『桐堂財閥の御曹司、桐堂帝さんが16歳の誕生日パーティーを開きました。パーティー会場には財界から政界までの大物が勢ぞろいして、帝さんの誕生日を祝いました』
たかが誕生日パーティーで、ニュースになるなんて。改めて桐堂財閥の凄さを思い知る。
が、次の瞬間あたしはいやが上にも思い知らされる事になる――あたしと帝君の間にある壁を。
『帝さんと言えば、その容姿から女性達に圧倒的な人気を得ていますが、そろそろ婚約者を発表するのではないかと言われています』
・・婚約者・・・?
『今候補と考えられているのは――』
あまりの衝撃でキャスターの声がどんどん遠くなっていく。何?どう言う事?婚約者って・・・あたしは・・・?
「ママ・・・帝君、婚約者って・・」
「まだ決まってないと思うけどねぇ。この世界じゃぁよくあるみたいよぉ?企業提携とかの証に子供同士を結婚させるとかぁ」
「でも・・・」
「早く婚約者を決めて、子供に悪い虫がつくのを防ぐためってのもあるらしいけどぉ」
悪い虫。
ママは別に意図して言ったわけではないけど、その言葉は今のあたしにはかなりキツイ。致命傷と言っても良かった。
御曹司のお相手は令嬢じゃないと似合わない。あたしみたいな悪い虫じゃぁ・・・。
「・・・・っ」
「茉莉ちゃん?どこ行くの?」
「トイレ」
テレビから目を背けて部屋を出る。
トイレに入るとすぐにポケットから携帯を取り出して電話をかける。
何やってるんだろう。あたしと彼が釣り合わない事くらい初めから分かっていた事じゃないの。それでも好きで、帝君も答えてくれて、結ばれたのに。
呼び出し音が鳴る。鳴り続ける。・・・出ない。
今すぐに彼の声が聞きたい。声を聞けば少しは安心出来ると思ったのに。どうして出てくれないの?
「・・・帝君だって忙しいのよ」
いくら納得しようとしても、湧き上がる焦燥感を抑える事は出来なかった。
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