憎しみとも思えるほど鋭い視線を受け止めきれず、顔を背けてしまった。
 そうすれば彼も同じようにすると思ったのに、背けた顔にもまだ注がれる視線を感じる。

 何なの、一体・・・?

 戸惑いながらも沸々と湧いてくるのは憤りだった。
 あんなに睨まれる筋合いなんてないはず。ここは負けてはいけない、と意気込んで顔を上げたのに・・・

 「っ・・・!?」

 今度は薄く笑みを浮かべているではないか。何とも形容しがたい表情にますます混乱は深まる。
 いっそ問いただしてやろうか、と思った時。ふいに柔らかな音色が聞こえて来て、談笑していた人々も口を噤む。

 聞き覚えのあるヴァイオリンの響きに音源を辿ると人だかりの向こうに思った通りの栗色を見た。
 そう言えば帝君のために何だか有名な交響楽団の方々を招いているとか。どうやら流架君もゲスト出演するみたいだ。

 純白のスーツ。淡いふわふわの髪。フランス人形のように整った美貌の少年の繊細な指が弓を起用に動かし、クリスマスに相応しい「アヴェ・マリア」を奏でる様子に皆一様に感嘆の溜息を零した。

 普段はネジが何本か抜けてるような言動が目立つ彼だけど、ヴァイオリンを弾いている時は別人のように見える。

 思わず見惚れている内に演奏が終り、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
 圧倒されたように長い睫毛を瞬かせて驚いた様子を見せた流架君も、嬉しそうに笑むと再びヴァイオリンを構える。

 それを合図に後ろにいた交響楽団も一斉に楽器を構えて絶妙なハーモニーを彩る。

 「あれ、この曲・・・」

 クラシックに疎いあたしでも聞き覚えがあったのはハロウィンダンスパーティーで同曲が流れたからだ。どうやらダンスの定番ソングらしい。
 曲に誘われて若い男女を中心に自然に手を取りステップを踏み始める。ダンスが苦手なあたしはまかり間違っても誘われたりしないようにと慌てて人々の輪から離れた。

 「何でこんなに皆ダンスが好きなのよ」

 わざわざダンスパーティーを開いたり。打ち解けたパーティーではダンスをする機会が多い。あたしとしては悪しき習慣である。

 パーティー終了まで後一時間。後の日程としてはダンスを楽しんで、帝君が挨拶をして、帰る方々をお見送りをして終了のはずだ。このダンスさえ問題なく乗り切れば・・・!

 「ふぅ・・」

 ようやく終りが見えて少し力が抜けたあたしの肩に背後から生温かい手が乗せられた。
 少し汗ばんだそれに生理的嫌悪を感じて全身鳥肌が立つ。

 「なっ・・!?」

 青褪めて振り向いてすぐに後悔。顔を赤らめた小太りのおじさんがそこに立っていたからだ。な、何て分かりやすいシチュエーション・・・!!

 おじさんは怯えたあたしを見てニンマリとこれまたキモイと称されるいやらしい笑みを浮かべると、

 「おじさんと踊ろうか、姉ちゃん」

 例えシャルウィーダンスと跪かれてもお断りします。

 各界のお偉い方ばかりが集まると聞いていたから安心していたのに、どこにもこう言う残念な人っているのね。その被害に合うのがあたしってのがまた悲しすぎる。

 「あの、遠慮します、結構です!」
 「え〜?一人でつまんなそうにしてたでしょ〜?おじさん知ってるよ〜」

 肩に手を回されて叫びそうになるのを堪える。ここで問題を起したらいけない。

 大人しいあたしにおじさんの行動もどんどん大胆になっていく。肩に回された手がスルスルと下に――

 やだ・・・!誰か・・・帝君・・っ!

 セットされた髪が乱れるのも構わず頭を振り乱して必死に探した少年の姿を踊る人々の中に認めた時、あたしの中で何かが音を立てて崩れた。

 「止めて・・・!!」
 「うおっ!?」

 両手で勢い良く肉好きのいい胸を押しやって走り出す。一刻も早くこの場から、あの光景が見えない所に行ってしまいたかった。


 帝君はあたしがどんなに頑張っても敵わないほど綺麗な人と一緒にいた。
 そして信じられない事に、その女性からの頬へのキスを心から嬉しそうに微笑んで応えていたのだ。











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