10
桐堂財閥次期社長の誕生日パーティー。彼の義姉が一人会場から消えたとしても誰も気にも止めないだろう。主役は彼であたしはおまけのようなものだから。
慌てるボーイさん達を押しのけると会場から出て、一人自分の部屋に向かった。
パーティーは桐堂家の屋敷に隣接する大ホールで行われていたため自室に戻る事も可能だった。
あと少しでパーティーが終わるのに。今こんな風に逃げ出すなんて馬鹿げてる事はよく分かっていたけど、もう――
「・・・っふ・・・」
足が痛い。慣れないヒールで駆けたせいだ。痛いから涙が出る。
自室に戻るのも億劫で、ホールと屋敷を繋ぐ長い渡り廊下で足を止める。暖房が利いていないそこは剥き出しのドレスでは酷く寒い。
片手で腕を擦りながら、もう片方の手で涙を拭う。精一杯綺麗にして告白したかったのに、もう駄目だ。
あぁ、でもあたしなんかがいくら着飾っても帝君に釣り合うようにはならないんだ。今日、それを改めて思い知らされた。
義姉として今は傍にいられるけど、本当だったら一生会う事もない人なんだから。身分も容姿も何もかも、あたしじゃぁ・・・。
何を思い上がっていたんだろう。好き、なんて言われて舞い上がっていたんだ。あたしなんて最初から相手にされるはずもないのに、告白してあまつさえ応えて貰えたら、なんて・・・
「馬鹿みたい・・・」
酷く惨めだった。聞こえて来る華やかな笑い声が夢の世界の出来事のように思える。
元々、場違いだったんだから。あたしなんていない方がいいはず。
そして一度も振り返らずに痛む足を踏み出した刹那。
「どこに行くんですか」
空耳かと思った。だって今頃ホールで綺麗な女性と笑い合っているはずの義弟の声が聞こえたのだから。
「聞いているんですか」
・・・空耳じゃない。思わず振り向こうとしたけれどハッと思い止まる。
今、彼の顔を見たら何を言い出すか分からない。きっと見苦しく的外れな罵倒をしてしまうだろう。それだけは避けなければ。
「・・ごめん、ちょっと気分が悪くて自室で休んでるわ」
思いつめたあたしの声は本当に気分を害しているように聞こえたはずだ。そのまま足早に立ち去ろうとした、のに。
「あの酔っ払いに何かされたんだな?」
「―――!?」
気付いてた?だったらどうして助けてくれなかったの。それどころか女の人とあんなに楽しそうに笑って・・・。
下唇をきつく噛み締める。
駄目だ、これはただの嫉妬。分かっているのに―――感情が溢れ出す。
「・・そうよ、されたわよ。ベタベタからだ触られてすごく気持ち悪かった!」
振り返ると帝君が驚愕に目を見開いていた。涙でグチャグチャのあたしの顔がそんなに酷い?
でも、もうそんな事は意識の外に追い出されてしまっていた。
「いっそ叫ぼうかと思ったけど、帝君の誕生日に騒ぎなんて起したくなくて我慢したわ。それなのに、あんたは何!?綺麗な子に囲まれてニヤニヤしちゃって!馬鹿みたい!」
「は!?俺がいつニヤニヤしたんだよ!?」
「してたじゃないの!あたしには見せない笑顔で本当に楽しそうにね!あれは本心の笑顔だった!」
「・・・え?」
「あたしが何をされても言われても知らん顔だったくせに、今更来ないでよ・・これ以上惨めにさせないで!」
空気を求めて肩で息をする。もう、最悪だ。完全に終わった、嫌われた。
絶望感で目の前が真っ暗になる。このままでは本当に気分が悪くなりそうだった。
「・・・そういう事だから」
今度こそ立ち去ろうとするが、帝君の零した言葉に体が硬直して、それはかなわなかった。
「・・・なぁ、それって、やきもち?」
「・・・・・・・・へ?」
帝君の表情は片手で口元を押さえて俯いているため分からなかったが、心なしか耳が赤かった。
「俺には嫉妬しているように聞こえたんだけど?」
「なっ・・・!」
「もしかしてさぁ・・」
ゆっくりと顔を上げた少年の顔は息を飲むほど大人びて見えた。
漆黒の瞳に射抜かれて、金縛りにあったように動けなくなる。
「お前・・・俺の事、好きなの?」
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