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 瞬きも忘れて呆然と彼の言葉を頭の中で反芻していると痺れを切らしたように帝君が溜息を吐いた。

 「ったく、冗談だって。何固まってんだよ、ほら行くぞ送ってやる」

 薄く笑むと冷えたあたしの腕を掴んで屋敷に向かって歩き出そうとした。だけど、あたしの足は地面に張り付いてしまったかのように動かない。
 焦れたように帝君がもう一度溜息を吐くのを間近で感じたが、それでも動けなかった。脳内で自問自答を繰り返す。

 ”お前・・・俺の事、好きなの?”

 ――そうよ。あたしは帝君が・・・

 「・・・好き」

 小さな、本当に小さな声だったが傍にいた少年の耳にはしっかりと届いたようだった。信じられないものでも見るようにあたしを見下ろすのが分かる。

 「おい?お前・・」
 「そうよ、あたしは帝君が好き。今日、パーティーが終わったら言おうと思ってたの」

 あんなに悩んでいたのに、簡単に口に出来た事に驚くのと同時に妙にすっきりとした気持ちになっていた。
 玉砕覚悟だ。最後なのだから全部伝えてしまおう。

 「ずっと気付かないようにしてた。あなたは義理とは言え弟だし、財閥の御曹司。気持ちには答えちゃいけないって言い聞かせてた・・」

 振り仰ぐと彼は神妙な面持ちであたしの話に耳を傾けてくれていた。

 「失恋して、辛い時帝君が傍にいてくれて立ち直る事が出来た・・・捕まった時、あたしのために体を張ってくれた・・・どんなに突き放しても想い続けてくれた」

 また、涙が溢れ出す。しかし先程までの涙とは意味が違う。これは彼への想いの塊だった。

 「でも、ようやく自分の想いに向き会った時には帝君はもうあたしなんか見ていなかった・・・当然よね」

 こんな事今更話しても、迷惑なだけかもしれない。鬱陶しがられるかもしれない。

 「今更遅いのはよく分かってるけど、言っておきたかったの」

 にっこりと、笑む。あたしは上手く笑えただろうか。
 きっと困惑している義弟。大丈夫、見返りなんてもう・・求めてないから。

 「ごめんね。大丈夫、明日からちゃんと義姉として接するから――これからは義姉弟として仲良くしていきましょ」

 そして一人で自室に戻ろうとするが、今だ彼に腕を掴まれている事を思い出す。

 「あの・・帝君?あたし、一人で戻れるから・・手を・・」
 「ふざけんな」
 「・・・え!?ちょっと・・・!」

 腕を引っ張られ前につんのめったあたしは自然、帝君に抱き付く格好になる。
 視界いっぱいに広がる質のいい黒いスーツと仄かなミントの香り。慌てて離れようとしたが、背中に回された彼の腕が拘束のようにあたしを閉じ込める。

 服越しに彼の温もりを感じ、冷え切っていたはずの体がカッと熱を帯びる。その上ピンク色に染まった耳元で甘く囁かれて、全身の力が抜けそうになった。

 「義姉弟として接するだって?・・今更そんな事出来るわけないだろ・・こんなにも茉莉を女として意識しているのに」
 「――――っ!?」
 「せっかく告白されたと思ったらもう俺を振る気かよ?お前はいつも俺を振り回す・・俺は天下の桐堂帝だぞ」
 「あ、あの・・何、言ってるの?」

 上擦る声にあたしの動揺ぶりが伝わったのだろう。抱き締めていた体を少し放すと右手で涙に濡れる頬を優しく撫でる。

 「何か勘違いしてるみたいだが、俺の気持ちは変わってない・・茉莉が好きだ。こんなに俺の気持ちを掻き乱すのはお前しかいない」
 「嘘!だったらどうして急に冷たくなったの!?夜遊びだって毎日のように・・」

 そうよ、信じられない。どう考えても・・有り得ないわ。

 あたしの鋭い指摘に帝君は少し困ったように目を逸らす。それでも食い下がると酷く言いにくそうに口を開いた。

 「・・あれは、いわゆる作戦だったんだよ・・茉莉の気を引くための」
 「さ、作戦!?」
 「あぁ。押しても駄目なら引いてみろって言うだろ?距離を置けば少しでも意識してくれるかもしれないって・・」
 「な、な、な・・」
 「怒んなよ?俺だって半分ヤケだったんだ。茉莉はあいつを選んだのかもしれないと思ってたんだからな」

 ずるい。16歳になったばかりの、少年らしい年相応の拗ねたような顔。そんなの見せられたら怒れるわけない。

 「・・・もう、いいわ。こんな時に喧嘩するのもアホらしい・・」
 「そうだよな。・・・ところで、茉莉?今日は俺の誕生日だ」
 「うん?知ってるわよ」
 「誕生日プレゼント、まだ貰ってないんだけど」

 にやり、と意地の悪そうに口の端を持ち上げる様子は悪魔と言うより子悪魔で。いつもはぞっとするはずなのに、不思議と愛しく思えてくる。

 「ごめん、実は用意してないのよ。告白の事ばっかり考えてて・・・」
 「いいよ、茉莉からのプレゼントは決まってるから」

 言うなり腰を引き寄せられ帝君の美貌が間近に迫る。頬に添えらた手がゆっくり滑り首筋をなぞる。
 そして、顔に息がかかる距離であたしの唇を見詰めながら、

 「・・・キスして」

 とんでもないプレゼントを要求した。











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