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 「・・・・・ヤダ」
 「はぁ!?」

 精一杯顔を逸らせて拒絶すると、キスしてくれると思っていたんだろう帝君はらしくない素っ頓狂な声を上げた。

 「・・このシチュエーションでヤダはないだろ」
 「嫌なものは嫌なの!ちょっと、腕放してよ」

 腰に回された腕を懸命に振りほどこうとするがびくともしない。年下と言っても相手は立派な男なのだ。

 「何怒ってんだよ?」
 「べっ・・別に怒ってなんかないわよ!」
 「・・・違うからな」
 「何が」

 急に何か感付いたのか、目を細めて窺うようにあたしを覗き込む様子は可愛らしいのだが、何分距離が近過ぎるため鼓動は高まるばかりだ。

 「俺がキスされてた事・・・気にしてるんだろ」
 「!」

 図星である。キスして、と言われて真っ先に脳裏に過ぎったのは嬉しそうに女の人からキスを受けていた帝君の姿だった。
 何だか癪で、ついつい素直になり損ねてしまう。

 あたしのそんな感情の機微も鋭い義弟は察していたようだ。少し顔を離すと呆れたような顔をして言う。

 「あれは叔母だ。小さい頃から親しくしている」
 「・・・おば?おばって、あの・・叔母?」

 とてもそうは見えなかった。若々しくて凄く綺麗で・・・そんな人がまさか帝君の叔母さんだなんて。

 呆然と考え込んでいると、少年は至極楽しそうに笑みを浮かべる。

 「どう?これでもうキスを嫌がる理由なくなっただろ」

 再びグッと頬を寄せて悪魔の笑みを浮かべながらキスを要求する少年に唖然とする。
 何も今、こんな場所で・・・。そんな思いも過ぎったが、彼の漆黒の瞳の中に不安げな揺らぎを見た時ようやく分かった。

 帝君はキスで、あたしの気持ちを確かめようとしているんだ。口でいくら愛を語っても、それでもまだ足りない。今までのあたしの行いが彼を臆病にさせてしまった。
 これまで何回か彼とキスはした事があるけど、あたしからは一度としてない。実は気にしていたのだろうか。

 胸が締め付けられるような錯覚を覚える。どんなに彼を傷つけていただろう。

 「・・・帝君・・」
 「・・・っ」

 キスしろってせがんで来たくせに、あたしが胸に手を置いただけで赤面するなんて・・・

 「好きよ」
 「!・・・茉莉っ」

 見詰め合って引き合うように唇を重ねる。
 あぁ、自分がこんなベタ甘ドラマのような事をするなんて信じられない。でもたまにはいいのかもしれない、なんて思ってしまうのは甘い雰囲気に酔ったせい?

 「っ・・・はぁ」

 唇を離すと甘い吐息を漏らす。本当に酔ってしまったみたいだ。

 「あぁ・・・くそっ」

 彼はすぐさまあたしを抱きすくめると忌々しげに舌打ちをする。

 「もう、会場に戻らないと・・」
 「そうね・・」
 「・・・普通、恋人同士ならこのまま共に朝を迎えるはずなのに」
 「!!??」

 年下の、16歳になったばかりの少年の口から出た言葉とは思えない。
 あたしを酔わせていた甘い雰囲気も一気にガラガラと音を立てて崩れ落ち、代わりに沸いてくるのは――怒りか憤りか。

 こ、の・・エロガキが・・・!!

 震えるあたしに気付かない義弟はまだまだうっとりと空想する。

 「あぁ、でも全て終わってからでも遅くはないか。今日はクリスマス・・夜はまだまだ長いから・・」
 「ふざけんな!って、キャー!どこ触ってんのよ!!」
 「照れてるんですか・・ふっ、そんなところも可愛いよ、茉莉」
 「気持ち悪っ!!目がいやらしいのよ!どこのセクハラオヤジだ!!」

 もう、恋人同士の甘い雰囲気もへったくれもない。
 凍えるような渡り廊下で馬鹿騒ぎ。だけど、それでも寒いなんて感じないのは心が満たされているからだろう。

 その夜、あたし達は久しぶりに本当の笑顔で笑い合い、そして初めてお互いの気持ちを伝えて心を通い合わせた。

 ――だけど、永遠とも思えたこの時間がクリスマスに起こった奇跡だったなんて、サンタさんからの密かなプレゼントだったなんてその時は夢にも思わなかった。      











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