「ただいま〜・・・」

 と言って門を潜っても誰もいるわけがない。桐堂家は門から家まで車で行かなければならないほど離れているんだから。

 だから別に返事が欲しかったわけじゃなかったのに。

 「おかえり」

 横から素っ気無い声が聞こえて飛び上がるほど驚いた。
 そしてそちらに目を向けたあたしはもう一度、今度は違う意味で震える事となる。

 「帝君・・・いたんだ・・」

 久しぶりに彼ときちんと向き合った気がする。
 この寒さの中コートも羽織ってない薄着で立っている彼の肌は一層白く見え、酷く儚げに映り、あたしは慄いた。

 しかし彼は寒い様子も見せずあたしを一瞥すると、

 「話があります」

 つっけんどんに言い放つ。普段見せていた偽りの笑顔すら見せない素顔に不思議と安堵を覚えた。天使の仮面よりもいまは悪魔の本性が恋しい。

 「何?あ、ここじゃ寒いから部屋に入ってからにしよ」

 久しぶりにあたしの部屋で彼のお気に入りの紅茶を入れてあげよう、とはやる心を抑えながら歩き出すと、

 「ここでいい」

 急に二の腕を引き寄せられ、驚いて振り仰いだ義弟は何かを堪えるような顔をしていた。

 「み・・」
 「もうすぐ僕の誕生パーティーがあるのは知っていますね?」

 瞬きをしたほんの一瞬の間に彼は仮面を付けてしまった。素顔が垣間見られたと思ったのに・・・。
 やっぱりもう・・駄目なのかもしれない。

 「義姉さん?聞いていますか?」
 「え、あ・・ごめん」

 咄嗟に俯く。普通にしないと、と思うほどおかしくなっていく気がする。今までどんな風に彼と接してきたのか急に分からなくなってしまったみたい。
 帝君もいぶかしんでいるに違いない。いつもみたいに憎まれ口の一つでも、と思うけど一度好きだと自覚するとどうしても意識せずにはいられない。

 「・・・僕の誕生パーティーがあるのは聞いていますね?」

 俯いたまま沈黙するあたしに痺れを切らしたように話し始めた。
 思いがけない話に何だろう、と思いながらもメイドさんが言っていた話を思い出し、小さく頷く。

 「勿論あなたにも出席して頂きますので今から準備をお願いします」
 「準備?」

 反射的に顔を上げると不機嫌そうな少年とバッチリ目が合ってしまい、慌てて視線を逸らそうとした。
 だが、少し、ほんの少しだけ暖かみの篭った瞳を見てしまい、それはかなわなくなる。

 その瞳に囚われたようにお互い見詰め合いながら、しかし事務的に、あくまでも義弟としての立場を彼は徹した。

 「パーティーには各界の著明人も沢山来ます。あなたも僕の義姉として彼らと対して頂かなくてはいけません」
 「えぇ!?そんな事急に言われても・・」
 「学校でも習っているとは思いますが、言葉遣い、立ち振る舞いなどパーティーまでに完璧にしてもらいますので」

 言うなりサッと視線を外して門を出て行こうとする彼を慌てて引き止める。

 「ねぇ、そのパーティーの挨拶、あたし一人でやらないといけないの?」
 「どういう意味です?」
 「だから・・帝君が傍にいてフォローしてくれないかな・・なんて・・」

 段々と声が小さくなっていくのは自覚している。あたしの精一杯の願いも彼にとっては振り向く価値もないみたいだ。

 「申し訳ありませんが無理ですね。僕は僕でやる事が山ほどあるので」
 「・・そ、うだよね」
 「・・・そんなに不安でしたら誰かにエスコートを頼めばいいじゃないですか」
 「エスコート?・・でも、そんな事してくれる人なんて」
 「いるじゃないですか。取って置きの王子様がね・・彼に頼めば喜んで引き受けてくれますよ」

 ・・・え?それって――

 「流架君の事?」
 「・・流架君、ね。・・・あなたがそう思うのでしたら彼なのでしょう」
 「は?」
 「では僕は用事があるので、失礼します」

 最後の方は歩きながらだった。一刻も早くこの場から去りたい、と言う思いが強く出ていたのか。

 彼の背中が視界から完全に消え、一人残されたあたしはと言うと、

 「・・・風邪、ひかないかしら」

 ただ、震える華奢な肩だけが脳裏に焼きついていた。











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