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重苦しい空気を拭いきれないあたし、ニコニコと楽しくて仕方がないと言う風の美子、表面上は綺麗に微笑んでいるけどちっとも目が笑っていない帝君、そしてボーッと眠そうに目を擦る御影君。
明らかにおかしい組み合わせの4人が果たして今日一日上手く過ごせるんだろうか。
・・・無理だ、絶対。遊園地に入る前から答えは分かっていた。帰りたい。今すぐ方向転換して家に帰ってしまいたい。
「じゃぁ行きましょう!」
無意識に後ずさっていたあたしを察知したのかしないのか、美子に腕を掴まれて笑顔で入り口まで連れて行かれる。
チラリと背後を見ると帝君と目が合ってしまった。一瞬射抜くような鋭い光が放たれ、飛び上がるくらい驚いた。
見なかった事にしよう、とすぐにまた正面を向いたが背中に刺さるような視線を感じずにはいられない。
ますます居心地が悪くなりつつ遊園地に入るとやっぱり冬休みと言う事もあって人がごった返していた。
この人込みの中でもやっぱり女の子達の視線は集まって来る。当然だろう、日本人形とフランス人形の揃い組みなんだから。
黄色い声なんて慣れすぎているほどの二人は気に止めた風でもなく珍しそうにアトラクションを見ている。あたしがその美しい顔をねめつけている事にも気付かずに。
「まずはどれから乗ろうか?」
「そりゃジェットコースターでしょ」
美子にすぐさま切り返す。やっぱり楽しそうな笑いと悲鳴が支配する遊園地、段々気分も乗ってきた。いつまでもウジウジしていても仕方ない。こうなったら楽しんでやるわ。
「ジェットコースター・・」
帝君はパンフレットを食い入るように見ながら少し緊張気味に呟いた。何せ遊園地自体初めてで、その中でも絶叫マシーンの王様に一番に乗るんだから当然だ。
いつも余裕のその顔、青褪めるがいいわ。
「・・じえっと、こーすたー・・」
いつのまにか横にいたどこまでもマイペースな少年が無表情に発した言葉にはどこか帝君と同じ響きを感じた。
「あれ?御影君は乗った事あるんだよね?」
静かに首を横に振る。
「・・背、足りない」
「・・・小さい時行ったんだね」
これは予想外だ。二人してジェットコースター初体験だなんて。御影君まで無理をさせて気分でも悪くなったら困る。
「止めておく?ここのジェットコースター、スピードとかも結構あるみたいだし、無理しなくても・・」
「大丈夫ですよ」
御影君に聞いていたのにどうしてあんたが答えるの!仕方なく彼に顔を向ける。今日初めてのまともな対峙だった。
「僕も彼も仮にも男。ジェットコースターなど容易いです」
「そんな事言って、気分悪くなっても知らないからね」
「その時は美子さんに看病してもらいますよ・・・ねぇ?」
必殺技、天使の微笑をまともにくらって美子はノックダウン寸前だったけど、辛うじて頷いた。
あたしもムッとして御影君の腕を取ると、
「あっそう!御影君も気分が悪くなったら言ってね?あたしが看病するから」
「・・・ん。分かった・・」
「じゃぁ、行きましょ」
睨む少年を過ぎってあたしと御影君は一足早くジェットコースターに向かって行く。
「桐、堂・・腕、痛・・」
「え、あ・・ごめん!」
思いの外力が入ってしまっていたようだ。慌てて手を離すと一気に恥ずかしさが押し寄せてきた。
いくらムッとしたからって何て大胆な事を言ってしまったんだろう。それにあれはどう見ても帝君へのあてつけで・・・。
「本当にごめんね・・」
帝君にあんな事を言っておきながら。こんな事、美子にも御影君にも失礼だ。
「・・大丈夫?」
繊細な指があたしの黒髪を優しく撫でた。その心地よさが落ち込んだ心を癒していく。
気遣わしげな薄茶の瞳に覗き込まれて申し訳ないと心底思う。
こんな風に心配してもらえる資格なんてないのに。御影君はいつもほのかな優しい光であたしを包んでくれる。
「うん、大丈夫・・ありがとう、本当に」
やっぱり、気付かされるんだ。
好きだ、と強く思う。一緒にいたい、とも。
だけどその気持ちは以前感じていたものとは大きく異なっている事にもあたしは気付いてしまっていた。
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