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青田さんに案内されて客室に通される。外観と同じで中もテレビで見たヨーロッパのお城にありそうな家具や調度品で整えられていた。
「少々お待ち下さい。坊ちゃんがどこにいるのか、探して参ります」
「はい?」
「このお時間ならおそらく眠っていらっしゃるとは思うのですが、坊ちゃんはいつも寝る部屋が違うので・・」
「え?自分の部屋は・・」
「勿論あるにはあるのですが・・今はもうほとんどの部屋が坊ちゃんの寝室状態に・・」
「・・大変ですね」
本気でおじいさんが可哀想だと思った。彼に仕えるのはあたしが思っていたよりも遥かに大変そうだ。
哀れな青田さんを見送った後何をする事もなく取りあえず出されたハーブティーに手を伸ばそうとした刹那、青田さんにしっかりと閉ざされていたはずの彫刻の施された扉が開かれた。
ぎょっとして手を引っ込めると聞き覚えのある拙い日本語が飛び込んで来た。
「・・・あれ・・桐堂だ」
柔らかそうな栗色の髪はいつもより乱れて、同色の色素の薄い目は心なしかトロンとしている――明らかに寝起きだ。
覚束ない足取りであたしの座っているソファーまで来ると横に当然のように座る。そして顔を寄せるとにっこりと微笑んだ。
「・・・どう、して・・いる?」
「・・取りあえず顔を洗ってきた方がいいと思うわ?まだ夢の中にいるみたいだし」
「ん・・・」
素直に大きく頷くとフラフラと立ち上がって、部屋から出て行ってしまった。
そのまま顔を洗ってくるのかと思いきや、
ガチャーン、と言う何かが割れる音と
「坊ちゃんー!!」
と言う青田さんの悲鳴が木霊した。
かなりの嫌な予感を覚えつつ部屋から飛び出すと割れた花瓶と倒れる御影君、そして彼を必死に起そうとするおじいさんがいた。
青田さんは引きつるあたしに気付くと涙交じりで助けを求めた。・・心の底から同情する。
「・・・やっと起きた」
ようやく開いた目を覗き込んで、それが正気であると分かるとホッと息を吐く。
青田さんと二人がかりでなんとか彼を運んで近くのベッドに寝かせた。いつもこんなに寝起きが悪いのかと思ったが、青田さんによると最近は屋敷から一歩も出ずに寝てばっかりいたらしい。夢と現実の区別が付かなくなっていたのかもしれない。
あれから1時間、やっと御影君は完全に現実の世界に戻ってきたようで珍しく慌てたように目を瞬かせた。
「・・あ、れ・・どうして・・桐、堂・・ここ?」
「ダブルデートの予定、決まったから報告に来たの」
「・・・あぁ・・そう、だった」
ハッとしたように目を見開いて起き上がる彼に自然と笑いが込み上げて来る。
「来週の水曜日に遊園地に行く事になったの。予定とか大丈夫?10時に迎えに来るから起きててね?」
「ゆーえんち・・・」
「まさか御影君も行った事ない?」
まさかお金持ちはリゾート地にいくばかりで遊園地とか動物園とかで遊ばないのか、と思ったけど少年は首を横に振った。
「・・フランス・・いる時・・1度、行った」
「じゃぁ日本では初めてって事か。きっと楽しいよ!」
「そ、だね」
また、笑う。今度は寝ぼけておらず彼の意思で。最近よく笑顔を見るようになった。前までは本当に無表情で無機質な人形みたいだったのに。
あたしが笑顔に弱い事を知っているんじゃないかと思わず疑いたくなるような綺麗で優しいそれに何も感じないわけがなく。
「・・・じゃ、じゃぁあたし帰るね!?」
さすがに唐突過ぎるだろうと思うけど何だかこのままここにいてはいけない気がしたのだ。密室、二人きり、そしてベッドの上には御影君・・ちょっと不味いのではないか。
考えすぎだとは思うけど、寝起きの彼が妙に艶っぽくて・・・。
「え・・?もう、少し・・」
「ご、ごめん。これから用事があって・・」
目は泳いでいるし、しどろもどろでかなり嘘っぽい言い訳で御影君も分かると思うのだが無理に引きとめようとはしなかった。
「・・そう・・じゃぁ・・またね」
「う、ん・・また来週――!!?」
安心して顔を上げた瞬間、頬に柔らかくて少しひんやりとするものが押し当てられた。
それが彼の唇だと気付くまでに要した時間――約5秒。
「・・お別れの・・キス、だよ?」
ソーデスカ。帰国子女なんだしそれが普通なのかもしれませんね、なんて思えるわけない。生粋の日本育ちのあたしはたかが挨拶でこんな風に心臓が爆発しそうになるんだから。
そして脱兎の如く逃げ出したあたし。こんな光景、前にもあった気がする。
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