あっと言う間に冬休みである。あれから美子と話し合った結果、行き先は定番の遊園地になった。
 帝君が今まで一度も遊園地に行った事がないらしいと美子に話すととても驚いてそこにしようと即決だったのだ。

 全てが決まり、後は御影君に伝えるだけとなり、あたしは彼に言われたように運転手の佐々木さんに言ってみた。

 「御影・・と言うと、大病院を経営されているあの御影家でしょうか?」
 「そうですそうです!場所、分かりますか?」
 「はい、有名なお屋敷ですので・・・そこに行かれるのですか?」
 「お願いします」

 なぜそんなところに、と思われているに違いない。オシャレをしてあきらかに緊張気味のあたしだから。
 でも佐々木さんはいつものように分かりました、と微笑むと突然の申し出にも文句一つ言わずに車を出してくれた。


 門まで整備された庭の中に作られた道をゆっくりと走っていると、ふいに強い視線を感じて背後に見えていた屋敷を振り返った。
 寺内の事もあり、視線に敏感になっていたのかもしれない。だけど数え切れないほどある窓の中の一つに人影がいる事に気付いてしまった。

 「・・帝君・・?」

 彼に見えたが人影はすぐに消えてしまった。だけどあたしは確信を持っていた、あれは帝君だ。窓の位置からも彼の部屋から見ていたのだろう。

 「・・何よ・・」

 一瞬の事でも何か責められているような気分がして、つい反論したくなる。別にやましい事なんてしていない、御影君の家に行くだけなんだから。






 悶々とした気持ちを抱えながら外の景色も眺めずにいると、佐々木さんが突然振り返った。

 「着きました」
 「・・え?あ・・」

 慌てて窓の外を見ると見た事もない大きな家々が並んでいる。色々考え込んでいたから全く気付かなかった。

 「すみません、ありがとうございます」
 「いえ・・お帰りはいつ頃になるでしょうか?このままお待ちしても宜しいのですが」
 「え?あー・・何時頃かはちょっと分からないので・・また連絡します。佐々木さんは帰って休んでいて下さい」
 「分かりました。あまり遅くなると皆が心配しますので早めに連絡して下さいね」

 そして車で去って行く佐々木さんを見送った後で改めて眼前に聳え立つ豪邸、と呼ぶに相応しい屋敷を仰ぐ。

 桐堂家に比べれば小さいが、あたしから見ると唖然とするような大きさと豪華さだった。フランス人のお母さんの影響なのか中世のヨーロッパを思い出させるようなお城だった。

 「・・日本だよね、ここ」

 呆然と渇いた笑いを浮かべていると、突然目の前の門が開き始め、思わずぎょっと後ずさる。
 自動で動いていると分かってはいるものの、ついつい辺りを見渡していると、

 「桐堂茉莉様、ですね?」
 「どぅわ!?」

 背後から声を掛けられて乙女にあるまじき奇声を発してしまった。
 どこから現れたのか、品の良さそうなおじいさんが立っていた。白髪に白い鬚を生やして何やら満面の笑みを浮かべている。

 「・・あの、あなたは?」
 「申し訳ございません、私は流架お坊ちゃんにお仕えしている青田と申します。坊ちゃんからお客様がお見えになるかもしれない、と窺っておりましたのであなた様か、と・・」

 話は分かったけど、どうしてこの青田さんは目尻に涙を浮かべているんだろう。しかも何だかついに、とかあの坊ちゃんが、とかブツブツ言っている。

 「・・・あのー?」
 「あぁ!私とした事が!すぐにご案内致します。少々お待ち下さいませ」

 言うなり止める間もなくどこかへ行ってしまう。さすが、御影君付きの執事さんだけあって神出鬼没でどこか抜けている。
 しかし呆気に取られている内におじいさんは颯爽と現れた――車に乗って。

 「屋敷まで少し距離があるので。乗って下さい」
 「・・・はい」

 え、どこから?と言う疑問は持ったがニコニコとハンドルを握るおじいさんに聞く勇気はなく、そのまま従って車に乗り込む。

 出発するとすぐに青田さんが興味深そうにバックミラー越しにあたしを見る。

 「桐堂様はお坊ちゃんのお友達ですか?」
 「え?まー、そう、ですね」
 「そうですか!私は今とても感動しているのです・・坊ちゃんが日本に来てから初めてお友達を屋敷に呼んだのですから」
 「あたしが初めてですか!?」

 思わず身を乗り出すと青田さんは困ったように苦々しく鬚を撫でた。

 「元々あまり屋敷にいらっしゃらないので・・それにあまり人と接しない方と言うか・・」
 「分かるような気がします」

 彼は個性豊かなお金持ちが集まる学園内でも異質な存在だ。性格は勿論の事、美貌と家柄もそれに追い討ちをかけている。

 「ですから私は嬉しいのです・・坊ちゃんにこんな可愛らしい恋人、いや友達が出来たなんて・・」

 やっぱり。このおじいさんは完璧にあたし達の関係を誤解している。友達、と言いながらその顔はお見合いを進める近所のおばさんのようで。

 「あのー・・」
 「え?何か?」
 「・・・いえ。何でもないです」

 否定しようか、とも思ったけどあまりに幸せそうに鼻歌なんて歌っているからついつい言いそびれてしまう。そうこうしている内にどんどん屋敷が近付いて来る。

 「到着致しました」

 車が止まると遠くで見るより遥かに大きな城がその存在を主張していて、あたしは生唾を飲み込んだ。  











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