「本当に・・・!?」

 電話口から聞こえる美子の声はとても嬉しそうに弾んでいる。まさかOKだとは思わなかったんだろう・・・あたしも駄目だと思っていたんだから。
 はしゃぐ親友とは裏腹にあたしの気分はどんどん落ち込んで行くような錯覚がした。

 「ん・・・良かったね・・」

 素直に喜べない事が辛い。あからさまに暗い声を出していると思うのだが、浮かれている美子は全く気付かない。

 「まさか本当にデートしてくれるなんて思わなかったわ・・!」
 「・・多分冬休みになると思う。帝君も怪我してるしね」
 「そうね・・・どこに行けばいいのかな・・」
 「相手は財閥の御曹司だからねぇ・・・彼に任せちゃえばいいんじゃない?」
 「そうかなぁ・・」

 イライラする。そんな事まであたしに相談しないで欲しい。あたしは彼とのデートをセッティングしてあげたんだから後は二人で好きにやってくれればいいのに。

 「・・・はぁ・・」
 「どうしたの?溜息なんて・・何か悩みでもあるの?」

 溜息の原因はあなたよ、なんて言えるわけない。それに今あたしは自己嫌悪しているんだからそっとしておいて欲しい。
 帝君とはもう義姉として接しようと決めたのに、彼のデートでイライラするなんて義姉らしくない。美子にまで当たりそうになるなんて最低だ。素直にあたしの心配をしてくれているのに。

 「何でもない・・ちょっとまだ学園に慣れてないの」
 「相手はお金持ちばかりだものね・・・気晴らしとかした方がいいわよ」
 「気晴らしって言っても一人じゃね・・・」

 前までよく行っていたカラオケも一人じゃつまらないし、最近ストレスが溜まっている気がする。

 ついついもう一度溜息を漏らすと、美子はかなりそれを深刻に取ったようで、

 「茉莉ちゃん・・やっぱり無理してるんだわ・・そうよね・・慣れない環境だし・・」
 「ん?」
 「そうだ!茉莉ちゃんも一緒に遊びましょうよ!私もその方が心強いわ」
 「んん!?」

 何やら話があらぬ方向に進んでいる気がする。

 「それがいいわ!茉莉ちゃんも誰か男の子誘ってダブルデートしましょうよ!きっと楽しいわ!茉莉ちゃんの気分も良くなると思うし」
 「ちょっと待って?あたし、誘える相手なんていないし・・ダブルデートなんて・・!」
 「お願いよ・・本当の事言うとまさかOKして貰えるなんて思っていなかったから不安で・・」

 正直勘弁して欲しいのだが、請われると嫌とは言えなくなってしまう。特に美子のお願いは不思議と効果絶大で、いつもあたしは受けてしまうのだ。


 「―――分かった・・」

 諾と返答をして電話を切り、携帯をパチンと閉じた後、押し寄せてくる後悔は分かりきっていた事だった。あたしと関係のないところで、と思っていたのに自分から関係を持たせてどうするんだ。

 二人のデートにのこのこ付いて行ってどうすると言うのだ。それにダブルデートなんて・・・

 「誰を誘えばいいって言うのよ・・・」

 自慢じゃないが男友達なんているわけがない。女子高であったし、この学園では女友達自体少ないと言うのに。

 せめて面識のある人を、と思ったら、ふと脳裏に栗色が過ぎった。

 ・・・確かにこの学園では一番仲の良い男子だと言えるだろう。何度も話したし助けてもくれた。でも、振られた相手なのだ、御影君は。

 「振られた相手にデートしてくれって・・・どうよ」

 ずうずうしい上にまだ未練があると言っているようなものじゃないか。しかしこんな事を頼める相手は御影君しかいないのも現実だ。


 今は放課後。迎えの車が来ているだろうから早く行かないとまた心配をかけてしまうのは分かっていたが、あたしの足は懐かしい場所へと着実に向かっていた。

 そこへ近付くにつれて僅かに聞こえてくるヴァイオリンの音色で彼がいる事が嫌でも確認させられる。

 人もまばらになった廊下にあたしの足音だけが高く響く。それに気付いたのか今まで綺麗に奏でられていた音がピタリと止んでしまった。

 「・・・御影君?」

 少し緊張しながらドアを開けると窓際に立っていた彼が驚いたように栗色の瞳を見開いた。

 「・・・・桐、堂・・・」

 小さく呟いた後、花が綻んだように柔らかく笑んだ彼を見てあたしも自然と微笑んでいた。











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