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「・・・帝君の気持ちには答えられないからよ」
声が震えないように、気取られないようにと細心の注意を払いながら凍りつく帝君の目を見ながら言った。
しばらく沈黙した後、
「・・答えられない・・?」
意味をまだ理解出来ていないのか口中で言葉を反芻しながら空虚な瞳でこちらを見詰めてくる帝君に胸が痛んだ。
嘘は言っていない。けれど好きだと言う帝君の気持ちに答える事は出来ない、いや答えてはいけないのだ。だってあたし達は・・
「家族なんだよ?あたし達・・こんな事最初からおかしいんだよ」
「・・俺は茉莉を姉だと思った事なんてない・・」
「意識なんて関係ないのよ。血は繋がっていなくても戸籍上ではもう姉弟なんだから」
「・・どうして今更そんな事を言うんだ?」
帝君が不審がるのも無理はない。好きだと言う彼に義弟でしょ、とはよく言っていたがここまで真剣に諭した事などなかった。
魔王相手に道徳を説いても通じるのか大いに疑問ではあるが、これしかもう逃げ道はないのだ。
「もう・・好きだとかそういうの止めにしようと思ったの・・」
「だから何で・・」
「迷惑なのよ!帝君の気持ち・・あたしは・・御影君が好きなんだから」
御影君の名前を出せば納得させられるだろうという浅はかな考えだったが、どうやら思いの外効果的だったみたいだ。
傷ついた揺らぐ漆黒の瞳は演技などではないと直感的に感じた。心臓が痛む錯覚を覚えて胸に手をやりながら再び必死にいいわけの言葉を反芻する。
別に嘘じゃない。本当に気持ちに答えられないし、あんな強引なアプローチ、迷惑だし・・・まだあたしは御影君が・・・
そこであたしは疑問を持ってしまった。決して持ってはいけない疑問なのに。あたしはまだ御影君が―――好き?
ドキリとした。どうしてこんな疑問を持ってしまうのか?
分からない。・・でもどうして分からないの?あたしは・・・。
「あたしは御影君が好き・・好きなんだから・・・」
暗示をかけるように繰り返していると帝君が突然冷たく言い放った。
「・・・何回も言われなくてもそんな事、もう十分分かってる。それでも俺は――」
「言わないで。さっき言ったでしょう?こんな事、姉弟のする会話じゃないわ」
「な・・・っ!」
思わず体を乗り出そうとした帝君は小さく呻くと肩を震わせた。きっと腕に響いたんだろう。かなり痛々しい様子で足を思わず踏み出そうとしたが、すぐに思い止まる。
駄目だ。絆されちゃいけない。義姉としてけじめをつけないと。
「・・・帝君もてるんだから新しい人すぐに見付かると思うわ。それにあたしも紹介したい子がいるのよ」
「・・・・・・」
痛みがまだ残っているのか苦しげに眉を寄せながら目で問いかけてくる少年にあたしは出来るだけ明るく振舞った。
「あたしの友達でね、美子って言うの・・とっても可愛らしくて女の子らしくて・・男嫌いのはずが帝君に一目惚れしたみたいなのよ」
そこでチラリと彼を見ても俯いていて、サラサラの黒髪が顔にかかり、表情は分からない。
「・・・付き合うとかはいいんだけど、一回デートして欲しいってさ・・思い出に・・どう?」
笑顔を浮かべながらきっと、その顔は引きつっていると思う。口元を無理矢理上げている自覚はあったから。
そして彼にデートして欲しいと頼みながら内心では信じていた。きっと断るだろうと。何て身勝手な思い込みなんだろう。彼を傷付けておいてなんて何てむしのいい話。
突き放しながらもまだ自分を好きでいて欲しいと思ってる最低なあたし。だけど彼はあたしの淡い期待を見事に打ち砕いてくれた。
「・・・いいですよ・・デートくらい、いくらだってしてあげますよ」
最後の方はあたしを睨みながら言った。挑戦するような嘲笑うような氷の瞳に息を呑む。
「あ・・そ、そう・・良かった、美子も喜ぶわ・・・」
「それは良かった・・例え骨折していても義姉さんの頼みです、義弟たるものきかなくてはいけませんよね」
にっこりと天使の笑みを浮かべながら妙な迫力がある。これは完全に怒っている。姉弟とあからさまに主張してくるところからもそれは伺い知れる。
今更ながらに顔が青ざめていく。敵に回してはいけない人を敵に回してしまった、かもしれない。
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