3
「帝君は今部屋にいる?」
美子が帰った後、お茶を片付けに来たメイドさんに声をかける。このメイドさんは帝君付きではないけど、それくらいなら知っているだろう。
「はい、帝様ならお部屋で読書をされているとか」
「・・・え?帝君、確か左腕を骨折してたよね?それで読書なんて・・」
「何でも付っきりでページをめくってさしあげているとか」
「・・・・・・」
頭の中でリアルに想像してしまって、あたしはすぐに後悔した。信じられない光景だが、彼なら何となく納得出来てしまう。きっとメイドさん自ら名乗り出たんだろう。天使バージョンの帝君なら無理に断れないはずだし。
「・・あの、お嬢様?帝様に何か御用でも?」
笑っているのか呆れているのか、何とも表現し難い顔をしていたあたしにメイドさんは困惑気味だ。
誤魔化すようにヘラリと笑いながら会いたい旨を伝えると、少々お待ち下さいと彼女は部屋を出て行った。
しばらくすると帝君付きのメイドさんと現れた。
「帝様もお嬢様にお会いしたいそうです。何やらお話したい事があるとか・・」
「・・・そう・・」
何となく予想が付いてしまい、彼の部屋に行くのがますます憂鬱になった。
「・・お久しぶりですねぇ」
「・・・・・・・そーですね」
やっぱり。帝君はかなり怒っている。白々しい笑顔がなおさら怖い。丁寧に人払いまでされて二人きりになってしまった。我ながら迂闊すぎる。
ふてぶてしい態度といいいつもの彼なのだが、腕のギプスと包帯が痛々しさと共に儚さまで演出しているのは反則だ。調子が狂ってしまう。
「・・あー・・怪我はどう?」
「見て分かると思いますが」
馬鹿かお前は、と瑞々しい漆黒の瞳が伝えて来る。ムッときたが、口で勝て無い事は分かっているから我慢我慢。
「・・・それで?話って何だよ」
「えっと・・・あ、そう、寺内の事なんだけど」
取ってつけたような発言に軽く眉を寄せはしたけど特に突っ込む事もせずに興味なさそうに口を開く。
「あぁ、あいつもう学校来てないだろ?」
「やっぱり帝君の仕業だったんだ・・会社まで潰す事ないんじゃない?」
「は?この俺に手を出したんだ・・その報いは受けてもらわないとね・・・一族揃って」
悪寒が走った。彼の瞳には剣呑な光が浮かび、残忍な笑みを浮かべる。気のせいか頭からニョキニョキと角が出て来た気がする。
「・・寺内の事、知ってた?恨んでたって言うか逆恨みしてたけど」
「知らない。いちいち他人の名前なんて覚えてられないからな。まぁ恨みを買う事には慣れてるから」
「慣れ・・・そうですか・・」
あんな事がまさか日常茶飯事なんだろうか。普段の彼なら返り討ちにしたりボディーガードとかいそうだから大丈夫だろうけど。
あぁでもやっぱり聞かない方が良かったかもしれない。悪魔から完全に魔王に昇格してしまった。おめでとうなんて勿論言えない。
「・・話ってそれだけ?」
「・・・えっ?」
悶々と考えていたせいで反応が遅れてしまった。顔を上げた瞬間真顔の帝君と目が合ってドキリとする。
本当はもっと大切な話があるのだけど、反射的に首を縦に振ってしまっていた。
「・・じゃぁ次は俺の話だな・・・何を言いたいか、分かってんだろ?」
「うん・・」
「だったら理由を言え。何で急に俺を避ける?」
射る様な視線と言葉に俯きそうになるのを堪えながら彼に答える事だけはどうしても出来なかった。
それを口にしてしまったらもう引き返せなくなるから。
だからあたしは残酷な嘘をつく――
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