12
「・・・桐堂・・?」
あの御影君にいぶかしまれたほどあたしは呆然としていたらしい。気が付いたら観覧車は一周して係員さんが笑顔で戸を開けている。
「あ・・・」
降りなきゃ、と思ったが動き続ける観覧車に体が付いて行かず、バランスを崩して前につんのめってしまった。
転ぶ!と反射的に体を強張らせたけれど、柔らかい衝撃があっただけで体に痛みは感じない。その代わりにほのかなバニラの香りが鼻腔をくすぐった。
「だいじょぉぶ?」
どうやら既に降りて待っていた御影君の胸に飛び込んでしまったらしい。そう言えば彼はバニラのアイスを一人で3個も食べていたなぁ・・・って!!
「――――っ!!!」
ようやく事態のおかしさに気付いて少年から離れようと腕を突っぱねるが、彼の意外に逞しい胸板の感触にますますパニックになる。
「どした・・?どこか・・ぶった?」
心配してくれるのは有難いけど、もう放っておいて欲しい。頭の中がグチャグチャで、どうしたらいいか・・・。
「何をこんなところでイチャついてるんですか、邪魔ですよ」
今回ばかりは悪魔の笑みも神の助けに思えてしまった。
帝君に御影君が気を取られている隙に彼から距離を取る事が出来て、ようやくホッと息を吐く。
「・・・茉莉?」
あたしの様子に帝君の小さな声が聞こえたがあえて聞こえないふりをした。今はこの心臓の高鳴りを抑える事に必死だったから。
もうすぐ閉園時間。あたし達は足早に遊園地を後にした。駐車場には佐々木さんが迎えに来てくれていた。
4人で乗り込んでそれぞれの家まで送ってもらう。
ここから一番近いのは美子の家だ。15分程で到着し、美子は笑顔で降りた。
「今日は本当に楽しかったです、ありがとう。茉莉ちゃん、また電話するね」
「え、あ、うん」
ぼんやりとしていたせいで反応が遅れてしまった。だから美子の笑顔が少しいつもと違っていた事にも気付けなかった。
美子がいなくなって、車内はますます緊迫感に包まれた。広い車内なのに妙に息が詰まる。帝君も御影君もこんな時は何も言わないんだから。
何だかお葬式のような雰囲気の中しばらくすると御影君の屋敷の前に車は止まった。
彼はおもてを見て緩慢な動作で降りると戸を開けたまま真剣な眼差しであたしを射抜いた。
「・・・桐堂・・本気、だから」
「え?」
「・・本気、でオレ・・・桐堂・・スキ、だから」
「なっ・・・!?」
帝君もいるのに急に何を言い出すんだこの人は!
焦って横に座っている義弟の顔を見て息を呑む。
「みか――・・」
ど君、と続くはずの言葉はふいに頬に感じた柔らかな感触に遮られる。
「・・お別れの、キス・・・だよ・・また、遊び、行くね」
ニコリ、と笑んで嵐のようにその場を去って行く御影君に声を大にして文句を言いたい。だからここは日本なんだってば!
静かにドアが閉められ、ますます息苦しい沈黙が訪れる。
・・・もう最悪だ。あんなとこ見られて、告白まで聞かれて、帝君がどんな反応をするか。
だけど予想に反して彼は何も言わず顔を背けるようにしてずっと外を眺めていた。それは屋敷に到着するまで続き、一切会話がないままあたし達は別々の部屋に入る事になる。
「帝君!」
耐えられなかった。笑うでも怒るでも、とにかく何か反応を示して欲しいのに。
自室に入ろうとする背中に呼びかけるとようやく振り向いてくれた。
「みか・・ど、君・・?」
初めて見たその表情は。無表情の中に様々な感情が入り混じる。
とても悲しそうで、とても寂しそうで・・・そして、諦めが色濃く見て取れた。
「・・どうしましたか、義姉さん」
優しげに囁かれた言葉に含まれるものは――明らかな、拒絶。
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