「来ると思ってました」

 言って、優雅に笑う寺内も意外にも一人であった。だが、きっとどこかに仲間がいるに違いない、と警戒を怠らない。
 放課後の体育館裏は誰一人いなかった。元々部活動なんてする人は皆無である学園なのでそれも当然だろうが。

 「・・それで、一体あたしに何をさせようっての?」

 怯えを見せないように必死で強がって見せても寺内は全てお見通しだ、と言う様に笑って一歩ずつこちらに近づいて来た。
 思わずビクリと肩を揺らして後ずさる自分はいかにも怖がってます、と言う風であっただろう。ますます寺内は笑みを深くする。

 「ちょっと・・こっちに来ないでよ、変態!」
 「・・酷い言い草ですね・・・彼はあなたのどこが良かったんでしょう」
 「し、知らないわよ!!」

 そんな事あたしが聞きたいくらいだ。癇に障る寺内の言葉に過敏に反応を返してしまう自分を責めつつも、顔が火照るのを止められない。
 苦し紛れに睨んでいると、ようやく寺内は用件を切り出してきた。

 「あなたにはこれから僕と一緒に来てもらいます。大人しくして下されば手荒な事はしません」
 「あたしを連れて行ってどうしようってのよ」
 「はっきり言いましょう。あなたには桐堂帝をおびき出すための餌になってもらいます」

 愕然と見た寺内の顔は至極冷静で、とても物騒な事を言っているようには見えなかった。

 「護衛なしで彼をおびき出すのは簡単な事じゃありません。でも、彼もあなたのピンチならば来てくれるでしょう」

 最悪だ。何て馬鹿なんだ、あたしは。こんな所までのこのこ一人で来て、かえって帝君の足を引っ張っている。

 ここから逃げなければ、と踵を返した瞬間、どこからか、屈強そうな男が数人現れた。
 男達はあたしを囲むと、寺内の指示を仰ぐように彼を見た。

 寺内が目を細めた瞬間、あたしの意識は急速に遠退いて行った。









 誰かの話し声がする。

 徐々に意識が覚醒していき、頬に冷たいコンクリートの感触を覚えた。

 「・・・おや、気が付きましたか」
 「え・・・!?」

 起き上がろうとしたが、両足と両手をロープで縛られていて、それは叶わなかった。
 ぎょっとして辺りを見回すと沢山の男達が何やらおかしそうに会話をし、間近では寺内があたしを見下ろしていた。

 「こんな事して・・・どういうつもりよ」
 「先程言ったでしょう?あなたには奴をおびき出す餌になってもらうと」

 言って、携帯電話であたしの姿を撮った。

 「もっと苦しそうな顔をして下さい?効果が薄くなるでしょう」
 「まさか・・まさかあんた・・」

 冷酷そうな笑みを浮かべると、ボタンを操作し画面をあたしに向けた。その画面には送信完了の文字。

 「電話より、効果的だと思いませんか?・・・あぁ、今のあなたはとてもいい顔をしている・・彼が悲しみそうな顔だ」

 あと何分で来るかな、と楽しそうに笑う男は狂っている。一体帝君にどれほどの恨みがあると言うのだ。

 「桐堂帝・・やつは桐堂財閥の御曹司と言うだけで学園でももてはやされて・・・それまでは僕が学園で一番だったのに・・人気も財力も権力も全て!」

 耳を疑った。こんなに大それた事をするのでてっきり凄い事情があるのかと思いきや、それは単なる逆恨みに聞こえた。
 しかし呆れたあたしの顔に気付きもせず、寺内はなおも続ける。

 「皆、騙されているんだ・・!あいつがどう言う奴か分かればきっとまた僕が・・・!」

 こんな奴、帝君に勝てるわけがない。最初から無理だったんだ。ただのプライドだけ高くて、負ける事に慣れていない温室育ちの坊ちゃんだ。

 「・・・あんたのそれはただの負け惜しみの逆恨みよ。帝君を恨むなんて間違ってる。あんたなんて最初から帝君の足元にも及ばないわよ」

 言った後ですぐに後悔した。興奮している寺内に今の言葉ははっきり言って起爆剤にしかならなかった。
 でもどうしても黙っている事は出来なかった。こんな男に帝君を馬鹿にして欲しくなかったのだ。  











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