朝、一睡も出来なかったあたしはメイドさん達が来る前に起き出して着替えを済ませていた。メイドさんに驚かれつついつもよりも大分早い朝食を食べて帝君が起きる前に出かけた。
 昨日の今日でそんな行動を取ると帝君がどう思うかなんてすっかり頭から抜けていたあたしはただ彼にバレないようにと精一杯だった。

 佐々木さんがミラー越しに気遣わしげな目線を送ってくる事も気付いてはいたけれど、返す余裕なんてなかった。
 本当は凄く怖かった。一体寺内はあたしに何をさせようと言うのか。


 「・・お嬢様、到着致しました」

 佐々木さんの声にようやく学園に着いたのだと知った。心配そうにこっちを見る佐々木さんを安心させるように必死で笑顔を作る。

 「あ、うんありがとう・・・後、今日は少し用事があるから遅くなるかもしれないです」
 「用事、ですか?」

 明らかにいぶかしむ顔。佐々木さんもこう見えて結構鋭いから気をつけないといけない。

 「そうなんです!学園の図書室で調べものがあって」
 「財閥所有の図書館ではいけませんか?」
 「え!?あ、課題の調べものでそのまま先生に提出しようと思ってるので・・・」
 「お嬢様の用事が終わるまで駐車場でお待ちします」
 「えぇ!?いいですってば!いつ終わるかも分からないし、悪いですから!本当に大丈夫です!」

 我ながら苦しい言い訳だと思う。元々嘘の類は得意ではないので顔もきっと引きつっていただろう。だけど佐々木さんはそれ以上追及しようとしないで、ただ一言、

 「そうですか・・・お気を付けて行ってらっしゃいませ」

 いつも言われている言葉だったけど、その時はなぜか違う意味合いが含まれているような気がしてドキリとした。佐々木さんは何でもお見通しなんじゃないだろうか、と時々思う。

 「はい・・迎えに来て貰う時に電話しますね」

 言って、駆け出すあたしは最後に一度だけ振り返ると佐々木さんはまだ心配そうにこちらを見ていた。









 時間が気になって授業もいつもの倍は長く感じていたけれど、やっと最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
 皆が一斉に帰る準備を始める中で一人ぼんやりと席に座っていると薫子が声をかけてきた。

 「茉莉さん?どうなさったんですの?もう授業は終わりましたわ」
 「え?あぁ・・ちょっと用があってね・・大丈夫だから気にしないで?」
 「でも・・顔色が悪いようですわ・・どこか具合でも?」
 「寝不足なだけだから。薫子もお迎え来てるでしょう?本当に大丈夫だからさ!また明日ね」
 「えぇ・・・本当にご無理なさらないでね」

 最後まで心配しながら薫子は教室から出た。あたしは思っていたより態度に出やすいらしい。佐々木さんといい薫子といい心配をかけてしまった。

 駄目だなぁ、と思いつつも皆の気遣いが嬉しいと思う。
 不安な気持ちが少しだけ薄れるのを感じつつ、教室も気が付いたらあたしだけになっていた。

 いよいよなのだ、と言う実感が湧いてくる。何時と指定はされなかったけれど放課後、人が少なくなってから行けばいいのだろう。

 まずは大きく深呼吸をしてから意を決して教室を出たところで呼び止められた。しかも思ってもみない人物に。

 「・・桐、堂・・?」

 独特なテンポに拙いそれは確認するまでもない。

 「御影君・・・!」

 彼の顔を見た瞬間、パーティーの出来事が鮮やかに思い出された。待っている、と言った彼の声と表情・・・。
 思わず口ごもりながらも必死に平静を装って、まだ残っていたんだと言うと、御影君が自嘲気味に微笑んだ。

 「・・音楽室・・行こうと思、って・・・桐堂は・・どうして」

 栗色の瞳が昨日と同じように語っていた、待っていると。
 罪悪感と焦りから瞬間的に目を逸らすと口早に言う。

 「あたしはこれから人と会う約束をしてて・・・」
 「・・そう・・」

 悲しげな微笑に心臓が鷲掴みにされるような錯覚を覚える。あたしはまだ彼に未練があるんだと改めて思い知らされると今自分がやろうとしている行いが酷く矛盾しているんじゃないかと思えてくる。

 音楽室に行ってまた御影君と時を過ごせばもしかしたら好きになってくれる可能性も出てくるかもしれないのに。だけどあたしはそれをしようとは思わなかった。少なくとも今は音楽室じゃなくて体育館裏に行かないと、と思う。

 自分の気持ちの僅かな変化にまだあたしは気付かないでいた。いや、気付きたくなかったのかもしれない。  











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