御影君は少し困ったように帝君の方を見た。出来ればあたしとふたりで話がしたいのだろう。
 だけど帝君は少しも悪びれた様子もなく、彼を睨むように見詰めた。

 「僕がいると何か問題でも?」

 御影君は少し目を伏せてから心を決めたようにあたしに向き直った。いつになく真剣な光を宿した瞳に胸が高鳴る。

 「・・もう・・音楽室・・来ない?」
 「え・・?」
 「・・俺、は・・また桐堂に曲、聞いて・・欲しい」
 「・・・それはちょっと・・無理、かな」

 どうして、と聞く御影君はあたしが告白をした事を覚えているんだろうか。振られた相手とまた仲良く一緒にいられるほどあたしが図太い人間だとでも?

 「あたしはもう・・あなたと前のようには出来ない」
 「・・・俺は・・これからも、桐堂と友達で・・」

 限界だった。だけどそれはあたしよりも先に帝君に訪れていたらしい。
 突然御影君の胸元を荒々しく掴むと、その背にあたしを隠すように前に出る。

 「・・よくもそんな事が言えますね・・茉莉を傷付けたお前が・・!!」
 「帝君止めて!!」

 ここは人目が多すぎる。そんな中で帝君があたしなんかのために仮面を外すなんて・・・。
 周りも何事かと息を潜めているのが分かってますます慌てる。

 けれど帝君は必死に止めるあたしを見て何を勘違いしたのか悲痛の表情を浮かべると掴んでいた手を緩めた。

 「・・僕には関係の無い事ですよね・・でしゃばり過ぎました」
 「帝君?」

 そのまま何も言わずに人込みに消えた少年にあたしは混乱したが、すぐに気が付いた。
 彼はあたしが御影君を心配して止めたと思ったのだ。だからあんなに悲しそうな目を・・。

 「帝君・・・!!」

 すぐにそうでは無い事を言いに行こうとしたが、
 「桐堂・・・」

 戸惑うような、苦しげな声に今にも走り出しそうになっていた足がピタリと動きを止めてしまった。
 見ると、先程の彼のように悲嘆にくれる御影君がいる。

 「・・勝手な事だって・・分かってる・・でも、俺・・桐堂ともう話せないの・・嫌だ」
 「・・・御影君・・」
 「曲・・完成出来た・・桐堂のおかげ・・感謝、してる」
 「違う・・感謝なんてしないで・・あたしはただあなたといられると思っただけで・・自分の事しか考えていなかった。最低なの」

 もう止めて。これ以上あたしを惑わさないで、期待させないで・・・入ってこないで・・せっかく忘れようとしているのに。

 「・・そんな事、ない・・桐堂は・・そんなんじゃ、ない」
 「っ・・!」

 涙が滲んでくるのが分かり、必死に瞬きをして拡散させていると御影君が何とあたしの頬に手を伸ばしてきた。

 「顔色、よくない・・寝てる・・?」
 「えぇ?あ、うん」

 突然の事に涙も引っ込んでしまったみたいだ。彼に触れられた部分から徐々に熱を帯びていくのが分かる。
 だけどようやくその時悲しみ以外の顔を彼に向けられたようで、少年は安心したように目尻を下げた。

 「・・・俺、待ってるから・・」
 「?」
 「・・音楽室で・・待ってる・・曲、弾きながら」
 「あ・・・!」

 思わず声が出たが、それは遠くから御影君を呼ぶ社長さんの声に掻き消されてしまった。
 社長さんの周りには沢山の人だかりが出来ており、皆一様に御影君を見ている。

 「皆さんが君と話をしたいそうなんだがね」

 促されて、彼は少し困ったように眉を下げたが、
 「・・・待ってる」
 最後にもう一度言うと、人だかりの中へと向かって行った。

 残されたあたしはと言うと、早鐘を打つ心臓を必死に落ち着かせながら火照った顔を冷ます事に必死だった。
 まさかあの御影君がここまでの天然タラシだとは・・・!無意識な分、ある意味帝君より脅威だわ。

 「・・・帝君・・」

 ようやくフリーズしていた脳が動き出した。そう言えば帝君は一体どこに?傷ついたような彼の顔を思い出して胸騒ぎを覚える。

 探そう、と思うが広い会場に沢山の人、動きにくいドレスではなかなか見つけられない。

 焦って辺りを見回していたあたしの背後から声を掛けてくる者がいた。

 「・・・桐堂、茉莉さんですね」
 「はい?」

 反射的に返事をして振り返る。そこにいたのはあたしと同じ年くらいの男の子だった。帝君や御影君に比べると平凡な顔はしかし端正と言って差し支えなく、綺麗に切りそろえられた黒髪が品の良さを加えている。パーティーに参加しているくらいだからきっとどこかの坊ちゃんなのだろう。

 「あの・・・どちら様ですか?」
 「あぁすみません。初めまして、僕は星城学園3年の寺内譲と言います」
 「はぁ・・」

 丁寧な挨拶なのに、どうも警戒してしまうのはなぜだろう。あたしの中の本能が彼に警鐘を鳴らしている。
 どこか胡散臭い一つ年上の先輩に疑惑の目を向けると寺内と名乗った男はニコリと微笑んだ。
 その瞬間、なぜ彼を胡散臭いと思うのか分かった。目だ、目がちっとも笑っていない。この人は一体・・・

 「あなた・・一体何なの?」

 距離を取ると男は可笑しそうに笑いながらとんでもない事をいとも簡単に言ってのけた。

 「僕は・・・あなたの義弟、桐堂帝を憎む者だ」  











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