アップされた髪、メイクの施された顔、ヒールの高い靴にドレスに香水・・・全てに慣れないあたしは正直パーティーに行く前から疲れ果ててしまった。
 ダンスパーティーの時も疲れてしまったが、あの時は周りも学生だけだったので精神的に楽だった。だけど今日のパーティーは違う。




 「緊張してますか?大丈夫ですよ、それなりに見えます」

 それなりで悪かったわね。

 あたしの強張った顔を余裕で見詰める帝君は相変わらず憎たらしい事この上ない。

 横目で彼をねめつけるが、言い返す言葉が見付からない。品の良さそうなスーツに身を包んだ少年はグッと大人っぽく見えて、後ろで流すようにセットされた髪や洗練された動作に見惚れてしまう。

 視線に気付いたのか、帝君は悪戯を思いついた子供のように目を輝かせると、素早くあたしの横に移動して、

 「・・そんなに見詰めないで下さいよ。ドキドキしちゃうじゃないですか・・」

 ぞわり、と鳥肌が全身にたつ。このエロガキ・・・!!

 「逃げなくてもいいじゃないですか・・・嫌じゃないくせに」
 「なっ、あんた・・・!!」
 「あ、着いたみたいですね。・・ん?何ですか、不満そうですね」
 「・・・別に!!」

 怒りをぶつける様に荒々しくドアを開けるあたしを帝君は嘲笑うかのように鼻で笑いながら優雅に車から降りた。

 本当にこいつはあたしが好きなんだろうか、と本気で疑問に思いながら首を捻ると帝君が自らの腕を差し出してきた。

 「何?」
 「エスコートですよ。パーティーでは常識です・・・早く腕を絡めて下さい、この僕に恥をかかせるつもりですか?」

 そんな勇気のないあたしは素直に腕を絡めるしかなくて。だけど、彼の王様のように高飛車な笑顔の下に嬉しさが滲み出ている事にあたしは必死に気付かないふりをしていた。













 「うわぁ・・・!凄い・・!」

 会場に入ったあたしの第一声は何の芸もなかったが、本当にそれしか出てこなかったのだから仕方がない。

 学園の体育館以上に大きなホールに溢れんばかりの着飾った人々が談笑している。そこにはテレビで見た事のある人なんかもいる。


 呆然と立ち尽くすあたし達に気付いた人々が帝君の顔を認めると慌てたように近付いて来た。

 「これは・・桐堂財閥のご子息、帝様ですな」
 「まぁ・・ご立派になられて・・お父様は今海外にお住まいに?」
 「事業の方も変わらず順調のようですね」


 数人に囲まれての言葉の応酬。パニックになるあたしを尻目に帝君は一つ一つ丁寧に的確に答えを返していく。理解不能な政治、経済の事までしっかりと。


 あたしは単純にそれを凄いなぁと感心していたので、彼らの視線が自分に注がれ始めている事に気付かなかった。


 「こちらのお嬢さんはどなたですかな」
 「拝見した事がないですわ。どちらのご令嬢かしら」

 突然話題があたしにすり替わり、思わず掴んでいた帝君の腕に力を込めると、大丈夫だと言うようにもう一方の手でポンポンと手を軽く叩いてくれた。

 え、と見上げた彼の顔にはすでに仮面が付けられていて。

 「彼女は僕の義姉ですよ」
 「あら?一人っ子と聞いておりましたが」
 「父が再婚いたしまして」
 「何でもお相手は庶民の女性とか」

 明らかに小馬鹿にするような響きにムッとすると、帝君はあたしを彼らから見えないように隠してくれた。

 その後も下世話な話ばかりする彼らに嫌な顔一つしない少年を見ているとどうしてこんなにも彼が歪んでしまったのか分かったような気がした。
 こんな大人達に囲まれていたら誰だって嫌になる。



 時間にしてはほんの5分ほどだった長い長い会話がようやく終わりを迎えたのはホールに流れたスピーチのおかげだった。

 「皆様、本日は我が三倉家のパーティーにご参加頂き、誠にありがとうございます」

 初老の品の良さそうなおじさんが壇上で挨拶をしている。確か帝君は会社の取引相手だと言っていた。あの人もきっとどこかの大企業の社長か何かなんだろう。


 その後も朝礼の校長先生のようにつまらなくて長い話が続いていき、いい加減うんざりしてくる。
 目の前のテーブルには涎が零れそうなほど美味しそうな料理が広がっているのに、スピーチが終わるまでは誰も手を付けようとしない。

 イライラを食欲で消し去りたいのにそれが出来ずに益々あたしのストレスは溜まっていく一方だ。


 食べて、と訴えかけるチキンを睨みつけながら視線を壇上の社長さんに移すと、それにも気付かずに彼の話はまだまだ終わりそうになかった。

 「今日は特別にある方に来て頂いているのです。彼の奏でる音色を皆様もしばし堪能して頂きたい」

 音色なんてどうでもいいのよ。あたしが堪能したいのは目の前のチキン!美味しそうに丸々太ったチキンなのよ!

 「ご紹介致します――私が病気の際、とてもお世話になった方のご子息・・御影流架君です」


 ・・・・・え?


 最初、空耳かと思った。聞き間違いかと。イライラのせいで耳まで遠くなってしまったのかと。
 しかし、目に映る栗色のクルクル髪にフランス人形のような美貌を見間違うはずはない。


 社長さんから紹介を受けてゆっくりと壇上に上がる、正装したその人は正しく―――


 「御影・・君・・」    











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