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今は授業中だ。普通は先生がチョークを走らせ、生徒達は黒板に書かれる文字を機械的にノートに写していくはずなのだ・・・普通は。
だけどここは天下のお金持ち学校、星城学園。普通の高校とは違うのだ。だから、きっとこの状況も普通で・・・
あるわけがない。
今日はいつにもまして女の子達の視線があちこちから突き刺さってくる。理由は簡単だ。あたしが帝君と一緒に登校したから。
一緒に登校なら何回かした事がある。もちろんあたしの意思に反してだが。しかし今日のそれはいつも以上に鋭い。全ては帝君のせいだ。
視線が集まっているにも関わらず、奴は気障っぽく車から降りるとあたしの手を取って、そこにキスしたのだ。
固まる義姉に不敵な笑みを浮かべて義弟は言った、「ここでしばらくお別れですね。今日、一緒に帰りましょう。僕、待ってますから」と。
それが聞こえたのか、女の子達は奇声を発してあたしを呪い殺しそうな目で睨んでくる。だけど、あたしが彼の手を叩く様に放したら今度は非難の目で睨んできた。一体どうして欲しいのよ。
疑惑の告白から、文字通り帝君はあたしに猛アタックを仕掛けてくる。今日のように寝込みを襲うのなんてもう日常茶飯事で、よくぞまあサードキスを守れているなと自分を褒めてあげたいくらいなのだ。
彼は義弟ではなく男として見て欲しいと頑張っているようだが、はっきり言ってあたしにはもう彼を可愛い義弟だなんて思えなくなっていた。悔しいから絶対に言わないけれど。
でも少しだけ感謝もしている。何だかんだ言っても辛い時傍にいてくれて、最近のアタックのおかげと言っていいのか、御影君の事もあまり考えずに暗い気持ちになる事も減った。悔しいから絶対に言わないけれど。
それでも彼を恋愛対象として見る事が出来るか、と問われればあたしは即座にNOと言うだろう。彼とあたしとでは違いすぎる。
片や日本を代表する大財閥の御曹司、片や平凡な女子高生。言葉にしてしまえば簡単なものだけど、そこにはとてつもなく大きな壁があるのだ。
何の因果か出会ったあたし達だったが、今は戸籍上義理とはいえ姉弟。その壁はますます強固なものとなった。
だからあたしと帝君がどうこうなるなんて事は万に一つもないのだ。
・・・そうは言っても周りは分かってくれるはずもない事はダンスパーティーの件で思い知ったから。
腹が立つ陰口は耳を塞ぎたいものがあったが、教室を出ても行くところなんてもうない。
こんな時はいつも音楽室で静かな時間を過ごしていたのだが、もうあそこには行けないだろう。
ふと御影君の顔やヴァイオリンの音色、たどたどしい声が蘇る。
会いたい、と思う。だけど会いたくない。どう接していいか分からないから。彼は悪くないと十分分かっているのに目の前にすると変な事を口走ってしまいそうで怖い。
いや、本当はただ恥ずかしいだけなのかもしれない。失恋した相手になんてもう会いたくないと言うあたしの精一杯の強がりとプライド。我ながらバカだと思う。
「はぁ・・・え・・?」
深い溜息を漏らした瞬間、今までに無い強い視線に気付いた。はっとして辺りを見渡しても、いるのはムッとしているクラスメイトだけ。
だけど彼女達のそれなど取るに足らないと思えるほど、先程感じた視線には戦慄した。
「何・・・?」
廊下にまで目を向けたがそれと思う人物はいない。
「気のせいか・・・な」
ふわり。
気味の悪さを感じながらも席に戻ろうとするあたしの前を懐かしい栗色が通り過ぎた。
「み・・・」
寸前の所で言葉を飲み込んだが、いつも呆けている彼がこの時だけは気付いてしまった。
絡み合う視線。目が合った瞬間、彼、御影君はその淡い色素の瞳を零れ落ちそうなほど見開いた。
「桐堂・・・?」
心に染み入るような澄んだ声に空気が震えた瞬間、勢いよく教室のドアを閉めていた。
バシンと教室中にドアの悲鳴が響き渡り、今度は驚いたような視線が注がれるのが背中越しでも分かった。
あぁ最悪だ。何をしているんだ、あたしは!いくら驚いたからってこの態度は最低だ。だけどもうドアを開ける勇気は・・ない。
数分後、恐る恐るドアを開けると、もうそこに彼の姿はなくホッとしたと同時に寂しくもあった。
「どっちなのよ・・」
会いたいのか、会いたくないのか。そこにいて欲しいのか、いて欲しくないのか。矛盾する思いが四方八方から攻めて来て、もう身動きが取れない。
でも、本当は分かっているんだ。この思いはあたしがまだ御影君が好きだから生まれるんだと。本当はずっと彼に会いたかったんだと。
帝君の気持ちに答えられないのは色々言っても一番はあたしは御影君が好きだからなんだよ。はっきりと振られたのに諦めが悪いよね。
この素直な気持ちを帝君に言ったら彼は諦めるだろうか。それともいつものように不敵に笑う?
後者であって欲しいなんて思うのはきっと、あたしが今凄く寂しくて、我侭になっているからなんだと思っていたのに。
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