13
許可をもらって麻酔で眠る帝君に付き添う。お医者さんによるともうすぐ目を覚ますと言う事だ。
御影君も付き添おうかと提案してくれたけど、もう夜も遅いので帰ってもらった。屋敷に連絡をしたら帝君付きのメイドさんが駆けつけてくれるらしい。
帝君に狂信的な彼女達にどうやって説明しようか、とか帝君を見たら気絶しちゃうかも、とかぼんやりと思っていると、
「・・・う・・ん・・」
「帝君!?」
真っ白なベッドの上に寝かされていた少年の漆を溶かした髪がしなやかに舞い、白と黒の美しいコントラストを描く。
呼びかけに答える様に長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が持ち上がっていく様を息を呑みながら見守っていると、自然と涙腺が緩んでしまう。
「帝君・・よかった・・・」
「・・・茉莉・・?」
少年は視界にあたしを捉えたようで数回確かめるように瞬きをすると点滴の針が刺さっている腕を持ち上げようとした。
慌てて止めようと近付いた刹那、暖かな手が頬に触れた。
「帝君・・・?」
「・・茉莉・・・無事、か?」
「〜〜〜〜〜っ!」
不意打ちだ。自分だって凄く痛くて辛いはずなのに。堪えても次々に溢れてくる涙を帝君は優しく拭ってくれる。暖かな感触に心が落ち着く。
「・・泣くな・・ブスがますますブスになる・・」
「どうせブスだからいい!」
皮肉も今は気にならない。むしろ嬉しくなるのだから不思議だ。それが何だかおかしくて、涙を流しながら自然と笑いがこみ上げてきた。
「もう・・・心配したんだから!本当によかった・・・」
「・・・あなたに心配かけるなんて・・・僕もまだまだ、ですね」
「そうよ?だから早く良くなってよ」
帝君はきょとん、と目を丸くしたがすぐに妖艶に微笑むと上目遣いにあたしを仰いだ。
「・・妙に素直ですね・・・ついに俺に惚れたか?」
「なっ!そんなのあるわけないでしょ!ちょっと心配するとすぐこれなんだから!」
「ふっ・・・!・・やっぱり笑うと傷に響くな・・あいつら本気でやりやがって・・」
「え!?大丈夫なの!?」
苦しげに歯を食いしばる少年を咄嗟に覗き込むと、ふいに視界が漆黒に覆われた。
このパターンは、と思ったが、時既に遅し。あたしのサードキスまでも帝君に奪われてしまった。
「・・・僕にとってはこれが良薬ですよ・・・義姉さん?」
呆然と口を押さえるあたしの顔がみるみる赤くなっていくのが分かる。相手は病人だと分かっていても一発殴ってやりたくて堪らない。
ニヤニヤと笑む少年にもう心配はいらないだろう。怪我をしても悪魔は悪魔。ちょっとでも絆されそうになった自分が憎い。
「もう大丈夫みたいね!!とても大怪我した人には見えないわ!」
「やだなぁ・・痛くて堪らないですよ?もう泣いちゃいそうです・・・慰めて下さいよ」
「んなっ!!こんなことならもう少しやられておけば良かったんじゃないの!?」
「嫌ですよ・・・今にも腸煮えくり返りそうなのに」
「・・・えっ?」
恐ろしげなものを感じ、反射的に少年の顔を見ると天使の仮面を付けてはいるが、今にもそれが外れてしまいそうだった。悪魔が顔を覗かせる。
「この僕をこんな目にあわせて・・・寺内でしたっけ?・・・どうしてやりましょうか」
「あ、え、でも・・そんな事したら帝君の正体が・・」
「そんなものどうにでもなります。僕を誰だと思っているんですか?桐堂帝ですよ?」
「・・・そうですね」
じゃああたしがした事って何だったんだろうか。彼にしてみたら余計なお世話でしかなかったんだとしたら・・・
「はっきり言えば余計なお世話ですね。奴ごときにこの僕がどうこう出来るわけないでしょう」
・・・すみません。今回ばかりは全てあたしが悪い。迷惑ばかりかけて大怪我までさせて。
「・・愚かだとは思いますけど、僕のためと言う事で許してあげますから僕と・・」
「それは嫌」
「・・最後まで聞いて下さいよ」
「あんたの言う事なんて大抵最低な事なんだから聞かなくても分かるわよ。変な事考えないで今は安静にしてて」
言外に心配だと言う気持ちを込めると彼にも伝わったようで、しぶしぶ目を閉じた。本当は結構体が辛かったんだと思う。すぐにまた眠ってしまう。
すると、見計らったかのように看護士さんがドアを開けて、電話です、とだけ言った。
まさか聞かれていたんじゃ、と内心ドキドキしつつも表面上は平静を装って返事をすると室内から出る。
誰だろう、と思いつつ受話器を取ってすぐに後悔した。
「あっ、茉莉ちゃぁん?久しぶりぃ?誰か分かる?ママよママv」
「・・・うっ・・・あれ?何でママが病院に?今海外でしょ?」
「それがねぇ〜メイドさんから帝君が大怪我して入院してるって聞いて心配になってぇ〜明さんお仕事だから代わりにママがかけたのぉ」
もうママ達のところまで話は伝わっているんだ。でも確かにここまでの怪我だから親に連絡するのは当たり前か。
「わざわざありがと。今また眠ったところ・・命に別状とかないから大丈夫」
「そう・・良かったわ・・でも、どうして帝君がこんな事に?一体何があったのぉ?」
「えっと・・・それはまた後で話す。ちょっと説明しにくくて・・・」
「・・・そぉ・・まぁいいわ・・ところで茉莉ちゃんに大切なお話があるの」
「何?改まっちゃって」
「ママ達この前、籍をきちんと入れたの。まだ公にはしていなけどもう事実上夫婦となったわ」
「そう・・おめでとう」
「それでね、茉莉ちゃん・・・これだけは覚えておいてね?帝君は義理とは言えあなたの弟・・れっきとした家族なの」
ドキリとした。こんな時だけ酷く真面目になるんだから。しかもまるであたしの心を見透かしているかのようなタイミングだ。
「何よ急に・・そんな事分かってるわよ・・最初から」
「ならいいわ・・・・・じゃぁまた改めて電話するわねvまたね、茉莉ちゃんv」
最後はいつものようにおちゃらけていたけれど、今回の電話は帝君の様子を聞くためだけではなかったんだろう。きっとメイドさんから色々聞いて心配になったに違いない。
「分かってるもの」
ママに言われるまでもない。帝君はあたしの義弟であり財閥の御曹司、あたし達の間には決して崩す事の出来ない壁が何重にも聳え立っている。
それを壊す勇気なんて勿論あるわけがない。
だったら今の内に摘んでおこう――心に芽吹いた淡いこの想いを。
BACK NOVELS TOP NEXT