１１

　魔王降臨。

　あたしは薄ら笑いを浮かべながら男達に近付いていく帝君を見てこう思ってしまった。それも仕方ない。彼は明らかに禍々しいオーラを発している。

　寺内達もそれに気付いたのか怯みながら後退していく様ははっきり言って哀れだ。本当にもうどちらが悪役なのか分からなくなってきている。

　「何青くなってるんだ？ちゃんと相手してくれるんだろ？すぐに気絶させたりしないから安心しな・・・じわじわいたぶってやるよ」

　今の発言で帝君が悪役に完全に決定した。しかもラスボス級の。

　だけど、寺内も簡単に悪役を渡すほどの奴ではなかった。焦った顔をした寺内と目が合ったと思った次の瞬間にはあたしの首筋に鈍く光るものが――

　「動くな！この女がどうなってもいいのか！」

　駄目な犯人がよく言う台詞をそっくりそのまま言った寺内はこれまた王道的にあたしの首筋にナイフを当てた。
　ちくりと鋭い痛みと共に少しだけ血が滲むのが分かり、ようやく危険信号が点滅し始める。これはかなり、結構危ない状況なのではないだろうか。

　帝君は笑いを瞬時に凍りつかせると、今度はじわりと怒りの表情を露にしていく。

　「・・おい・・茉莉からすぐに手を離せ」
　「動くなと言っているだろう！」
　「っ・・・痛っ」

　興奮した寺内の拘束が強まったせいで触れていたナイフが首筋を切った。今度は滲むだけではなく、流れる脈動を感じて思わず青ざめる。
　帝君もあたしの声にビクリと体を固めて忌々しそうにナイフを睨む。

　「止めろ・・・茉莉を傷付けるな・・・」

　そして項垂れる少年を見てふいに泣きたくなってきた。彼はもう抵抗する気がないのだ。
　寺内は帝君が従った事に満足気に笑うと一言だけ、やれ、と言った。


　後はもう目を覆いたくなるような状況――少年が抵抗しない事を知ると先程まで怯えていた男達は打って変わって楽しそうに暴力を振るった。

　「止めてぇ！！お願いだから・・・」

　あたしにはそれから目を背ける事しか出来なかった。殴られる痛々しい音と呻き声、耳を塞ぎたかったが、両手を縛られているためそれが出来ない。

　耳元で寺内が楽しそうに笑っている。
　酷い吐き気を覚えながら、後悔ばかりが頭の中に浮かんでは消えていった。

　「うっ・・・！！」
　「帝君！！！」

　一際苦しげな呻き声に顔を上げるとぼやけた視界の中でもはっきりと見える、少年の伏せた姿。

　「み・・帝君・・・？」

　呼びかけてもピクリともしない。制服は破れ、血で汚れていた。左腕があらぬ方向に向いて投げ出されているのを認めた瞬間、頭が真っ白になった。

　「いやぁぁぁぁぁぁぁ！！！」

　狂ったように暴れるたびに首筋に鋭い痛みを感じたが、もう構ってなんていられなかった。このままでは・・このままでは帝君が死んでしまう！

　俺様で性格最悪で捻くれた我侭王子だけど、それでも義弟で・・辛い時にはいつも傍にいてくれて――あたしを好きだって言ってくれて・・・

　「帝君！！やだ！嫌だ・・・！！」
　「！ちょっ・・・おい！」

　手に噛み付いてナイフを落とした瞬間、腕の中から逃げ出そうとした。だが、両足も縛られているのですぐにつんのめって地面に転がるはめになってしまった。
　痛みに意識が朦朧としながらも何とか体を動かして倒れている少年の傍まで行く。

　「帝君！帝君！！」

　耳元で呼びかけながら頭を使って華奢な少年の体を仰向けにして顔を覗きこんで、あたしは思わず小さく声を上げてしまった。
　いつも以上に白い顔は青ざめており、色を失った唇からは血が滴り落ちて床に染みを作っていた。ピクリとも反応しない瞼を見て、悪寒が走った。

　まさか、と言う思いで彼の胸の上に頭、もとい耳を乗せると小さくだが確かに鼓動が聞こえてきた。
　良かった・・まだ生きている。だけど、そこら中から血が滴り落ちて血溜りが出来ており放っておくと危険である事が素人の目から見ても分かる。

　「おや・・・これはもう駄目かもしれませんねぇ」

　あまりの衝撃で寺内がすぐ背後まで来ている事に気付かなかった。あたしの噛み付いた手を擦りながら足で帝君の頭を小突く。

　「こうなっては天下の桐堂財閥の御曹司も形無しですね・・・」
　「ちょっと！このままじゃぁ帝君死んじゃうわよ！？犯罪者になるつもり！？」
　「犯罪者になんて勿論なる気ないですよ？」
　「だったら・・・」
　「彼が死んでも、僕は捕まりませんよ・・・僕は、ね」

　あたしは間違っていた。やはり、この男が一番の悪役だ。











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