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まるであたしの心を具現化したかのように突然空から大粒の雨が降って来た。
一人きりになった音楽室でぼんやりと座ってからすでに1時間は経っているだろう。本当なら佐々木さんに電話して迎えに来てもらうのだが、どうもそういう気分になれない。
もしかしたら心配して待っているかもしれない。早く行かなければ、と思うが足が歩く事を拒否する。
「・・分かってたのにな」
この想いが叶うわけがないと分かっていたのに。だから想いを告げる事を止めようと思ったのに。
「・・なのに・・!」
帝君があんな事を言うから。これでもう御影君とは気まずくなって会えないだろう。告白さえしなければまた話が出来る機会だってあったかもしれないのに。
後悔の波が次々と襲って来てますます惨めな気分になる。
じんわりと視界が歪んでいったが、我慢しようとは思わなかった。部活動もないこの学園は授業後は静けさに包まれる。屋敷に帰るより余程泣き喚けるだろう。
溢れ出したら止まらなくて、泣き声は段々と大きなものに変わっていき最後はもう悲鳴に近かった。
泣いて泣いて泣いて、声が枯れるほど泣いて、少しすっきりしたあたしはある事実にようやく気付いた。
人の視線を感じる。
まさか誰かに見られていたとは思いもしなかったので一気に背筋が冷たくなった。
青ざめながら恐る恐る視線を感じる方を見て、涙も一気に引いてしまった。
「・・・ひっでぇ顔。不細工度3割増しデスヨ」
彼がいる事も嫌味な口調もすでに慣れきってしまった。あれだけ泣いたのだ。目は腫れて鼻は赤くなって、本当に見るも無残な姿のはずなので否定は出来ない。
「・・・あたしの事笑いに来たんなら今すぐ出てって」
「ここは学園の音楽室で、あなたの部屋ではありません。故に僕が出て行く必要性はないと思います」
「・・・・・・」
口でこの悪魔に勝てるわけがなかったんだった。
言い返すとまたこの前の繰り返しになると思い、押し黙っているといつのまにか目の前に来ていた彼の手がそっと伸ばされた。
「な、何!!?」
「黙って」
またからかわれるのではと身構えたが、彼はあたしの目尻に残っていた涙をそっと拭うとすぐに距離をとった。
驚いて見上げると、あたしを痛ましそうに見詰める彼がいた。
「・・そんな目で見ないで・・」
そんな哀れな者でも見るような目をされるとせっかく止まった涙がまた溢れてきそうで。
「・・まさか本当に告白するとはな」
「!?まさか見てたの・・・!?」
「あんたの様子を見れば分かる」
カッと頬が赤くなる。羞恥心と怒りとが込み上げて来て頭がグチャグチャになってくる。
「・・・おい?」
突然沈黙したあたしを不審げに覗き込む帝君の頬を反射的に打ってしまった。
渇いた音が部屋中に響いて彼の驚きに見開かれた黒曜石の瞳を睨みつける。
「・・帝君があんな事言うから・・・!!あたし、告白なんてするつもりなかったのに・・もう御影君と会えないよ・・!!」
そして再び顔を伏せたあたしに怒りを押し殺したような低いアルトが突き刺さる。
「・・ってーな・・俺のせいかよ。結局は自分で決めた事だろうが」
「やっ・・!触らないで!!」
無理矢理顔を上げさせられて両手で顔を掴まれたら、逃げる事は出来ない。
「やだって・・・!?」
ふわりと香った爽やかなシャンプーの匂いと共に唇に押し付けられたもの。
目には、ぼやける帝君の長い睫毛と形の良い眉しか映らない。
「本当に放っておけないんだよ、あんた」
呆然と力を失くすあたしの体を思いのほか広い胸の中に抱きこんで、耳元に囁く。
熱い吐息に震えながら、あたしは思いのほか冷静に考えていた。
きっとこれも彼の遊びの延長戦なんだろうと。本気なわけがないと。
今度こそ取り乱すまいと、息を吐くと彼の胸を押し返そうとする。
「キスはやり過ぎだよ。もう遊びには付き合ってられないの」
「違う!!」
怒鳴られて、反射的に目を瞑るとまたも押し付けられるそれに、ついにあたしも冷静を欠いてしまう。
「からかうのもいい加減にしてって言ってるでしょ!?もう・・」
「本当に好きなんだよ!!」
「ちょっと・・」
「好きだ好きだ好きだ!何回言えば信じてくれる!?俺はあんたが御影流架を好きになる前からずっと・・・!!」
こちらまで切なくなるほどの悲痛な眼差しで必死に言い募る彼の姿にあたしは困惑した。
本気なのか?遊びなのか?
疑いに気付いたのか、帝君は再びあたしを抱きこんで、
「俺は言った。告白すると。例え報われなくてもだ。俺はあんたを諦めないからな、絶対に」
いつにない余裕のない声で繰り返した。
まさか・・・本気・・?
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