10
今だ信じる事の出来ないあたしは困惑しながらも、あたしを抱き締めている帝君の体が小刻みに震えている事に気付いた。
「好きなんだ・・・どうしようもない程に・・茉莉・・」
大きく震えたのは果たしてどちらなのか。
初めて名前を呼び捨てにされた事にひどく狼狽してしまった。いつものような皮肉な響きもない甘いそれにピリピリと甘い電流が走る。
力を込められた腕に無意識に手を添えながらあたしは思い返していた。
最近彼は夜遊びをしていなかった。それはなぜか。
いつも朝食と夕食を共にとるようになった。それはなぜか。
熱を押してまでダンスをしてくれた。それはなぜか。
今まで気にも止めなかったピースの一つ一つが埋め込まれて一つのパズルが完成する。
そのパズルはしかしあたしには恐怖しか与えなかった。
許されるものではない。それにあたしはもう恵まれない恋はしたくないのだから。
目を硬く閉ざしたまま精一杯に彼の胸を押し返した時、ピースが零れ落ちる音が聞こえた。
「信じられるわけない!あたしはもうこれ以上傷付きたくないの!」
「俺はあんたを傷付けたりしない!」
「聞きたくないわ!!」
両手で耳を塞ぐ。せっかく壊したパズルを完成させてはいけない。
だが、帝君は一つずつ落ちたピースを拾い上げてあたしに突きつけてくる。
「好きだ。俺は一度もあんたを義姉だなんて思った事はない。いつも一人の女として見てた」
「あたしはいつでも義弟のように思ってた!それはこれからも変わることはないわ!」
思わず反論してしまい、自分自身に呆れてしまう。聞きたくないなんて言いながらしっかり聞いているではないか。
帝君も少し余裕が出たのか口元に悪魔の笑みを乗せて妖艶に目を細めた。
「だけどこれからはもう義弟なんて思えないはずだ」
「そんな事・・・!」
「じゃぁ義姉さん?可愛い義弟と一緒に今夜お風呂でも入りませんか?」
「なっ、なっ・・・!!?」
茹蛸とはこの事だろうというほど顔を真っ赤にさせてしまい、完全にペースを持って行かれた。
慌てる様子に満足したように笑ってなおもいたずらっ子のような目で自称可愛い義弟は甘えるように言った。
「僕、怖がりなので今日一緒に寝てくれませんか?いいですよね?僕はあなたの義弟なんですから」
「高校生にもなって、そんな姉弟いないわよ!!」
「真っ赤になっちゃって・・・義姉なのに義弟を意識しちゃいました?」
楽しくて堪らない、と言った感じの彼が恨めしく映る。またからかわれている。
「あたしを好きならまずその曲がった性格直した方がいいわよ!」
「すみませんね。僕は好きな子ほど苛めたくなる主義なので・・・あなたを苛めたくてたまらないですよ」
限界だ。
「帰る!これ以上あんたのセクハラ発言に付き合いきれないわ!!」
「では一緒に帰りましょう・・・あ」
「な、何!?」
思わず構えの姿勢を取るあたしに苦笑しながら帝君はその美しい指でそっとあたしの頬を撫でた。
「涙、完全に収まったみたいですね。あなたには笑顔が一番似合いますから」
まさかそのためにあたしをからかって・・・・?
「・・ブスな顔でも笑顔になればまぁまぁ見れますから。泣き顔は見れたものではありませんでした」
前言撤回。こいつはただ人を苛めて楽しんでいるだけの悪魔だ!
「そのブスに告白したあんたはどうなのかしらね!!」
「あれ?ついに信じてくれたんですか?嬉しいですね」
「そんなわけ・・」
「可愛い」
突然の真顔は反則だと思う。美しい顔ならなおさらだ。美形と言うのは本当にずるい。
「あんたは可愛いよ。少なくとも俺にとっては、この世の女の中で一番・・・ね」
そうしてまた唇を寄せようとするので今度こそあたしは正気を保ちながら彼の鼻を思いっきり摘んでやった。
「!?」
「そのタラシな性格直さないと認めてなんてあげないから。あたしはクラブにいた女達とは違うからね」
「・・・焼きもち?」
「違う!!」
何なんだ、このバカップル的な会話は!さっきまでのどんよりした空気は一体どこに・・・。だけど帝君のおかげで暗く悲しい気持ちも少し忘れられたからそこだけは感謝している。
だけどやっぱり許せないところもあるわけで。
「よくもあたしのファーストキスばかりでなくセカンドキスまで奪ってくれたわね・・・!!」
「そのうちサードキスを奪ってやるよ」
こいつ、キャラ変わってないか?それよりもこの野獣と一つ屋根の下なんて危険すぎる。あたしの操が危ない。
帝君はやんわりと鼻をつまんでいた手を握りながら頬に口付けを落とす。
「好きですよ・・・茉莉・・」
気まぐれな魔法使いによる恋の魔法は今、かけられた。
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