「え・・ちょっと・・冗談は・・」

 完全に頭が混乱している。帝君のたちの悪い冗談と思いつつも目の前の少年の真剣な眼差しが本気であるとあたしに訴えかけてくる。

 どうしていいか分からずに俯いていると、彼の靴の先が視界に入り嫌な予感を覚えながらゆっくりと顔を上げた。

 「・・・嘘・・・」

 意外にたくましくて大きな手が肩と頬を捉える。
 どんどん近付いてくる日本人形を思わせる秀麗な顔、そしてゆっくりと目を閉じて長い睫毛が影を作るのを呆然と見ていた。

 帝君の顔がぼやけた瞬間、あたしは耐え切れなくなって思い切り目を瞑った。


 「・・・・?」


 しかしいつまで経ってもそれが降りて来る事はなく、不思議に思い目を開けようとすると、

 「いっ!!?」

 おでこに鋭い痛みが走り、生理的な涙が滲む。
 咄嗟におでこを押さえると、笑いを堪える少年の声が聞こえてきた。


 やられたと思い、睨みながら見やると、帝君が片手を顔に当てて肩を震わせている。

 視線に気付いた少年はあたしを見ると本格的に笑い始めてしまった。

 「笑わないでよ!本当に悪趣味ね!!」
 「・・くっ・・ま、さか本気にするとは、ね・・いい加減学習しろよ」

 そして彼はひとしきり笑うと、ふっと真顔になり艶っぽい笑みを浮かべた。

 「・・少し期待しました?義姉さん?」

 顔が火照るのが分かったがどうする事も出来ない。拒むわけでもなく目を閉じたのだからそう思われても仕方がない。

 「・・・・うぅ・・」

 目を泳がせながら返す言葉を思案していると、頬がスルリと撫でられた。

 「本当にあなたはからかいがいがありますネ・・その分では御影流架とは何の進展も?」
 「ないわよ!悪い!?」
 「この僕が折角相談に乗ってあげようと言うのに随分な言葉ですねぇ」

 言って、あたしに払われた手をこれ見よがしに擦っている。

 「何よ!昨日は嫌だとか言ったくせに」
 「過去は振り返らない主義なので」
 「・・・いい加減敬語止めてくれない?何か気持ち悪い」
 「僕がそれを狙ってやってる事に早く気付いた方がいいですよ。本当に鈍いですね」


 こいつ・・・!!

 殴ってやりたいが、綺麗な顔が腫れるところも見たくないので断念する。美形って便利よね。

 「それより、あんた本当にあいつと何もないわけ?じゃぁ何でそんなに暗いんだよ」
 「突然戻ったわね・・話より運転手さん待たせちゃ悪いから早く行こうよ」
 「あいつはそれが仕事だからいいんだよ」
 「・・俺様・・」
 「その俺様が相談に乗ってやるって真面目に言ってんだからさっさと言えよ」

 誰があんたなんかに、と思いつつも胸のモヤモヤは一人では解決出来ないと分かっているあたしとしては選択は一つしかなかった。











 「ふーん・・くだらね」

 義理だが姉が真剣に悩んでいる事を勇気を振り絞って話したのに、義弟は一言で切って捨てた。

 「ちょっと・・人が真剣に悩んでる事をくだらないって・・」
 「くだらないからくだらないって言ったんだよ。何ウジウジしてんの?」
 「別にウジウジなんて・・」
 「してるね。悩むんなら告白すればいいんだ」
 「・・・簡単に言わないでよ・・」
 「簡単になんて言ってない」

 淡々と繰り広げられてた彼の声色が少し棘のある物に変わる。

 「告白するのがどんなに難しいか俺だって分かってる・・分かってんだよ」
 「・・・うん・・だからこそ出来ない・・それに失恋が分かってる告白なんてもっと出来ないよ・・」

 膝を抱えて顔を伏せる。告白なんてとても出来ない。けれどこのまま御影君との関係が終わってしまうのも辛い。

 ぐるぐると矛盾した気持ちの中で迷っていると、隣に座っていた帝君が立ち上がる気配がした。

 呆れられたかと自己嫌悪に浸りつつ埋めていた顔を上げると、冷ややかな漆の瞳がそこにあった。

 「あんたは卑怯だ。ただ怖いだけだろ、あいつとの関係が壊れるのが。色々理由つけて逃げてるだけなんだよ」
 「そんな事・・・」
 「ないって言えるのかよ。失恋するのが怖くて告白出来ない?馬鹿じゃねぇか。臆病者のあんたなんて誰も好きになるわけねぇだろ」
 「ひどい!!」
 「俺はするよ、告白ってやつを。あんたと同じで失恋するって分かってるけど」
 「!・・・え・・」
 「だけど俺は振られても諦めない。諦めてなんかやらない、絶対。あんたは?振られたらそれでお終いなほど弱い気持ちなわけ?」
 「・・・・・・」
 「あんたは今のままじゃ一歩も前に進めない」


 吐き捨てて、そのまま立ち去ってしまった。残されたあたしはと言うと、完全に打ちひしがれていた。

 言い返す言葉もなかった。帝君の言った事は全て図星だったから。絶望したり期待したり、失恋とか関係とか色々考えすぎていて何も出来ずにいた。


 ”臆病者のあんたなんて誰も好きになるわけねぇだろ”


 「・・・その通りだわ・・」

 そしてまたあたしは膝を抱える。冬の風がやけに冷たく感じた。











  BACK  NOVELS TOP   NEXT