静かなヴァイオリンの音色に耳を傾けながらあたしはずっと帝君の事を考えていた。

 義姉と認めないと言いながら、なぜそれを口にしたのか。しかもいつもの人を小馬鹿にしたような風ではなく、漆黒の瞳を曇らせる様はズキリと来た。

 何かしてしまったのかと考えても特に思いつく事はない。残酷な人とは一体・・・・?



 「・・・桐堂・・?」
 「へ!?」

 耳元で艶やかな声で囁かれて、あたしは思わず素っ頓狂な声を上げて間近に迫っていた彼のフランス人形のように整った顔を見詰めてしまった。

 不思議そうな澄んだ瞳とばっちり目があってしまい、慌てて顔を逸らして謝ると、御影君はやんわりと微笑んだ。

 「・・考え、ごと?」
 「うん、ちょっと・・・」
 「・・疲れた・・?・・今日、止める?」
 「大丈夫だから!!続けて続けて!」


 授業後に二人で音楽室に残って曲作りなんて、こんなおいしい展開を終わらせてしまうなんて出来るわけがない。
 顔を激しく横に振って必死に大丈夫だと言いながら、あたしは心の内でもう帝君の事を考えるのは止めようと決めた。

 せっかくの御影君との時間なんだから。

 その時脳裏にふと昨日の帝君の悲しげな微笑が浮かんだが、あたしはそれを振り払って御影君に微笑んだ。

 「曲、絶対に完成させようね!」

 御影君はきょとんとしたが、すぐに花開いたように笑って、

 「・・ん」

 ただ一言だったけど、あたしが彼への気持ちを再確認するのには十分なもので。


 しかし再びヴァイオリンを顎に当てる御影君を見ながらあたしは言いようの無い不安も感じていた。

 御影君と一緒にいられる事は凄く嬉しい。だけど曲作りが終わってしまったらどうなるんだろう。もう一緒にいられる理由もなくなってしまう。

 もちろん曲は完成させたい。でも・・・

 こっそりと目だけ上に向けて彼を盗み見る。見れば見るほど綺麗なその顔に感嘆と同時に溜息も出る。


 一緒にいたいのなら告白をするしかないんだろうか。それとも彼の良き友達として・・・?

 考えるだけで顔が厳しくなっていくのが分かる。友達のままでずっといられるほどあたしの思いは弱くない。絶対にいつか歪みが出てしまう。

 それならやはり告白をしなければならない事になる。


 「・・絶対に無理だよ・・」
 「・・何がムリ・・?」

 本日二度目の囁きに少し耐性が出来ていたのか、少し鼓動が早くなった程度で済んだ。

 「・・ごめん・・あたしってばまた・・」
 「・・今日、もう帰ろう。また明日・・・しよう」
 「あ・・うん」

 これ以上ここにいても曲作りなんて進むわけがないと分かったからもう否定は出来なかった。











 御影君と別れてトボトボと校舎を出ると、

 「お帰りですか、義姉さん?」

 含みのある独特の言い回しと義姉と言う単語にあたしは反射的に振り返った。

 「み、かど君・・」

 ニコニコと天使の仮面を付けた義弟が壁に凭れ掛かって腕組をしていた。曖昧な笑みを浮かべて後ずさりするあたしに彼は相変わらずニコニコと近付いて来る。

 「今日は佐々木さんが来られないそうで、僕と一緒に帰る事になったんですよ。おや、どうしたんですか・・・義姉さん?」

 怖すぎる。目が笑っていない事はいつもの事だが、今日のそれはいつもよりも数段鋭さが増していた。義姉と言う言葉を連呼するところを見ると昨日の事が尾を引いているようであった。

 「そ、うなんだ。じゃぁ早く帰ろう!!運転手さん待たせちゃ悪いし!」

 上ずった声に自覚はあったが、一刻も早くこの状況から抜け出したかった。

 だけど帝君がそれを許してくれるはずもなく。

 「今日は昨日と違って随分と落ち込んでますね。・・彼と何かあったんですか?」
 「別に何もないわよ!」

 ついつい帝君の言葉に反応してしまう自分に自己嫌悪しながら、嘘は言っていないと強く思う。御影君とは何もない。あたしが勝手に落ち込んでいるだけなんだから。

 だけど彼はあたしの反応を見て勘ぐったようだ。

 「・・ついに振られたんですか・・?」

 言葉を無視して歩き出そうとすると、二の腕を痛いくらいに掴まれた。

 「!・・ったい!放してよ!」
 「・・図星・・ですか?」

 言って、ニヤリと笑った顔が本当に憎らしくて憎らしくて。どうしてこの人はいつもいつも・・・!

 掴まれた腕を振り上げて思いっきり帝君の腕を断ち切る。

 「そんな事、あんたに関係ないでしょ!?あたしをからかってそんなに楽しい!?もう放っておいてよ!」

 叫んで、高ぶった気持ちを抑えるために息を荒くするあたしを見詰める帝君はいつのまにか天使の仮面を外していた。かと言って悪魔のそれを付けているわけでもなく、ひたすらに無表情だった。

 反論する事もなく、静かな双眸にうろたえた時、彼は重い口を開いた。

 「・・放っておけない」
 「・・・え?」
 「放っておけないんだよ」
 「・・帝君?」


 名を呼ぶと、彼がハッとしたように目を見開き、瞳が甘く揺らめいた。



 「・・放っておけない・・・・あんたが好きだから」  











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