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楽しそうですね、と通りすがりのメイドさん達から散々言われて、あたしはようやく自分の顔がにやけている事を知った。
しかし、それも仕方ないと思う。もう話す事も出来ないと思っていた御影君と話せるようになった上に一緒にいられるなんて、夢みたいだ。
スキップでもする勢いで部屋に入ると、待ち受けていたメイドさん達に着替えをさせられる。一人で出来ると何度言っても聞いてくれないから最近ではもう諦める事にした。
まだ抵抗はあったが、その日も素直に上着を脱がせてもらっていると、突然背後にいたメイドさんが悲鳴を上げた。
「お嬢様!この痣は一体・・!?」
「へ?」
呆けるあたしを尻目に他のメイドさんたちもあたしの背中を見て口々に悲鳴やら驚きの声を上げている。
痣と聞いてようやく思い立った。そういえばヴァイオリンを背中で受け止めたんだった。思い出した途端にズキズキと痛みが出て来てあたしは眉を寄せた。
「お医者様をお呼びしないと・・!」
「大丈夫ですから!湿布でも張ってくれれば・・」
「しかし、痕に残ったら・・」
「ほんっと大丈夫ですから!!」
本当に大げさで困る。見ると、大きな青あざが出来ているだけで骨も大丈夫だしちょっと臭いは気になるけど湿布で十分だろう。
湿布を張ってもらった後、あたしは少し屋敷の中をブラブラする事にした。部屋にいても退屈だし、この広い屋敷を探検する方が余程おもしろいからだ。
漂う湿布の独特な臭いに苦笑しながら歩いていると、やっぱり奴は現われた。
「・・・この臭い・・まさかお前の体臭じゃぁないだろうな」
「そんなわけないでしょ!!」
反射的に突っ込みを入れて振り返るとやはりいた、悪魔が。
「・・って、起きてて大丈夫なの?風邪は?」
「もう熱は引いた。あんたこそその臭いは何?・・・本当に体臭じゃぁ・・」
「湿布よ湿布!!ちょっと怪我したのよ!」
「・・・湿布・・聞いたことはあったが、本当に強烈だな」
「お坊ちゃんは湿布もしないってか」
でも帝君が湿布の臭いを漂わせてるって言うのも想像したくないようなしてみたいような・・。
少し想像してしまって噴出すあたしを彼はずっと不審げな目で見ていた。
「・・で、何で怪我したわけ?」
「え?それはまぁ・・いろいろと・・。名誉の負傷って奴よ!!」
「・・・御影流架関係か・・」
「は!?え?何で!?」
「あんたの顔見りゃ分かる。分かりやすい単純な性格で羨ましい限りだな」
図星なだけに反論出来ないのが余計に悔しい。風邪が治ったらますます悪魔っぷりがパワーアップしてる気がする。
でもあたしとしては悔しいのと同時に嬉しくもあった。あたしが御影君の事を思っている事は帝君しか知らないから彼になら話せられると思った。この嬉しさを誰かに話したくてウズウズしていた。
「帝君、前に言ったよね?あたしなんて相手にされるわけないって。訂正する事になるかもしれないわよ?」
「・・・奴と何かあったわけか」
「あったって言うか何て言うか・・・何?聞きたい??」
「・・自分が言いたいだけだろ」
声が少し低くなった気がしたけどその時のあたしは早く言いたくてたまらなかったから気づくはずもなく。
シェリスさんの事だけを抜かして事の顛末を彼に話していく間、珍しく何の口出しもせずにずっと黙って聞いてくれていた。
そして話終わった後にただ一言、
「・・よかったな」
それだけ言ってもう用はないとばかりに足を踏み出す彼にあたしは興奮したままの調子で言ってしまった。
「聞いてくれてありがとう!こんな事、帝君ぐらいしか話せないから・・良ければまた話聞いてくれない?」
「・・・ヤダ」
「え〜?どうして?聞いてくれるだけでいいから!特に意見とか求めないから!」
「嫌だって言ってるだろ!!?」
突然声を荒げた彼にビクリと肩が震えた。ゆっくりとこちらを振り返った帝君は恐ろしいくらいに無表情だった。
その漆黒の瞳に底知れぬ何かがあるようで、怯んだけどいつもみたいにからかいの一種だと思って何とか応戦する。
「そ、そんなに怒らなくてもいいのに。可愛い義姉の話くらい聞いてくれてもいいじゃない?」
どうにかこの空気を払拭したくてつい義姉と口に出してしまってからすぐにしまったと思った。前に義姉じゃないと言われている事を思い出したからだ。
最初は帝君の方もあたしを弟ぶってからかってきたけど、最近では弟扱いするのを酷く嫌がるのだ。
なぜかは分からないけど、今言ってはいけなかった事は十分に理解出来ていた。これ以上帝君の顔を見る勇気がなくて咄嗟に俯くと、予想に反して密やかな声が降って来た。
「・・・あなたは本当に残酷な人ですね・・・義姉さん」
「・・・え・・」
義姉と言う単語に反応して顔を上げた時にはもう帝君は背中を向けていたからその表情は全く分からなかった。
ただ、無機質なその声が何かを訴えているような気がして。苦しみを伝えて来たような気がして。
でも、あたしにはどうすればいいかなんて分かるはずもなく、その場を立ち去る事しか出来なかった。
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