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ガラリとドアを開けると一斉に視線が注がれて、怯んで一歩後ろに下がった。
男子は好奇な目で、女子は嫉妬と敵視が混じっていて、あたしは心中で頭を抱えたくなった。
やっぱり皆分かっているんだ。昨日のファントムが帝君だって事が。いくら仮面で顔を隠しても雰囲気やあの悪魔独特のオーラがあるから分かってしまうのだろう。
あたしは彼の義姉だからと言っても聞いてくれない。血の繋がりのない関係なんて納得できないし、彼に憧れる女の子達はむしろ同居しているのだから妬ましくも思う。
これも全部、あの悪魔が無駄に顔が良くて無駄に外面がいいせいだ。
無言の圧力を感じながら席に着くと、薫子が心配そうに近付いて来るところだった。
「あ、ごめんね昨日。途中で抜けちゃって・・」
「いいのですわ。それよりも・・・」
薫子は言葉を切って控えめに周囲に視線を送る。彼女の言いたい事はそれだけでよく分かった。
「やっぱりバレちゃったよね・・」
「あくまで噂なのですが、既に本当の事のようになっていますわ」
「何でそこまで敏感になるのかな」
「彼は今まで一度も女の子とダンスをした事がないのです」
「・・・え?」
当然だが初耳だ。明らかにモテる帝君が一体どうして?
「今まで数え切れないほど告白を受けてきたの聞きますが、一度として受け入れた事はないと聞きます。ダンスパーティも同じで、出席する事も稀らしいですわ」
その時のあたしはではどうして帝君は熱を押してまで来てくれたんだろうと不思議に思うと同時にそこら中から敵意の視線を感じるそのわけがようやく分かった気がした。
昼休みになっても相変わらずのそれに耐えられなくなって、逃げるように教室を飛び出したあたしに行くところなんてどこにもなかった。
ふと過ぎる場所はしかし決して行けるはずのない場所であった。
”・・あんたが来るのは勝手だけど、俺はもう来ない・・”
もう彼には会えないのだろうか。誤解されたままでいるのはとても辛い。せめて前みたいに話せるようになりたいのに。
御影君の事を考えていたからだろうか。無意識に足はある場所へと向いていたらしい。気が付くと目の前には見慣れた、けれどひどく懐かしい扉が広がっていた。
第二音楽室。
聞こえてくるはずのヴァイオリンの音はしない。恐る恐る中を覗いて見て、あたしは思わず叫びそうになった。
「御影君・・・」
会いたくて、でも怖くて、でも会いたかった彼は陽だまりの中で眠っていた。色素の薄い髪と睫毛はキラキラと光を受けて輝いて、ここがどこであるか分からなくなる。
ツンとこみ上げるものを感じながらゆっくりと中に入ってマジマジと見詰めてしまう。
このままずっと眠っていて欲しいような、起きて欲しいような複雑な気持ちが渦巻く。
ふと見ると彼の傍らにはヴァイオリンが置かれていた。きっとまた弾いていたんだろう。音楽に疎いあたしでも素直に凄いと思えるその音色をもう随分と聞いていないような気がして少し寂しくなる。
ひとときの間、ぼんやりと御影君を見ていたが複数の足音が近付いて来る事に気付いてハッとした。
ドアの隙間から廊下を見ると、男子が二人こちらに向かって来るところだった。
隠れなきゃ、と咄嗟に思ってピアノの影に体を滑り込ませる。御影君と二人でいる所なんて見られたらまた何を言われるか分かったものじゃない。
ガラリと大きな音を立ててドアが開いた。彼らが入って来たのだ。見付からないかと鼓動が早まるのを感じる。
「かったるいよな音楽なんて・・・ん?」
「これって御影じゃん。何でこんな所で寝てるんだ?」
「こいついつもサボってこんなとこで寝てたわけかよ」
どうやら御影君の事を知っている彼らの声にはどこか嫌な響きが混じっていた。少なくとも御影君を快くは思っていないらしい。
「大病院の御曹司とか天才的なヴァイオリニストとか言われて調子乗ってるんじゃないか」
「お前、それ腹いせだろう。彼女に御影が好きって言われて振られたから」
「うるせーよ!それは言うなって約束だろ!こんな奴のどこがいいんだか。やっぱり顔かよ」
何だか段々と話が妙な方向へ進んでいく。チラリと見た男の顔はかなり怒っていて眠る御影君を睨みつけていた。
嫌な予感がする。大抵その予感は当たる事をあたしはよく分かっていた。
「あ〜何かむしゃくしゃする。そうだ、こいつが大事にしてるって言うこのヴァイオリン壊してやろうぜ」
「お前、それはいくら何でもやり過ぎだろう。八つ当たりも大概にしろよ。だからフラれるんだって」
「うるせー!こうでもしないと俺の怒りは収まらないんだよ!」
激昂した男がヴァイオリンを手に取り、大きく振り上げた。
そのまま床に叩きつけるつもりなんだ、と分かると背筋が凍る思いがした。
御影君の大切なヴァイオリンなのに。それが壊れたらどんなに悲しむだろう。
考えたらどうしようもなくなって、無意識の内に体が突き動かされていた。
「駄目―――――!!!」
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