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ハロウィンダンスパーティから一夜明けた今日、あたしの心はどんよりと曇った空模様そのものだった。
「どうかなさいましたかお嬢様」
メイドさんの一人が心配そうにこちらを見ていた。まずいまずい、顔にまで出ていたか。
「大丈夫です。何でもないですから」
愛想笑いを浮かべて否定するあたしにもう一人のメイドさんが嬉しそうに話しかけてきた。その顔は恋の話をする女子高生そのものだったので、少しギクリとした。
「お嬢様、昨日は帝様とダンスをなさいましたか?」
「えっ!?」
「昨日の夜、突然帝様が仰ったんです。去年に来たファントムの衣装を出してくれと」
「驚きました。まだ熱も下がっていらっしゃらないのにパーティに行こうとなさるんですから」
口々に驚きの声を上げて、昨日の事を興奮気味に語るメイドさん達を尻目にあたしは無意識に帝君の部屋がある方向に目を向けていた。
それに気付いたメイドさんが微笑みながら言った。
「あんなに必死な帝様を見たのは初めてでした」
「嘘・・」
「本当です。熱にうかされていたのか、何度も行かなくちゃと仰っていました」
お嬢様を本当に大切に思われているのですね、なんて頬を染めて言われたこっちの身にもなって欲しい。絶対にそれは違うと思うのだが、本当の彼を知らない人に言っても仕方がない事だ。
「・・・帝君は今日も熱で休むんだよね」
それも当然だろう。寝ていなくてはいけないのに昨日無理をしたんだから。でも、それにしてもたかが風邪で長引きすぎではないだろうか。
その程度だった。少し気になったので聞いただけなのに、それを聞いたメイドさんは顔を曇らせた。
「帝様は昔から気管支が弱く、決して体は丈夫ではないのです。気管支は今はすっかり治ったのですが、体の耐性が弱いので例え風邪でもあのように長引いたりするのです」
驚きに声も出ないとはこの事。毎日夜遊びばっかりしてふてぶてしく人を馬鹿にするあの悪魔が・・・?
瞬間、体が一気に氷点下まで冷え込んだ。
あたしが水なんてかけたから、あたしのために無理をしたから彼は今苦しんでいる。
いても立ってもいられなくなったあたしは寝巻き姿である事も忘れて部屋から飛び出していた。
「帝君!!」
勢いをつけてドアを開けたせいでバタンとけたたましい音がした。その音によって部屋の中の住人は眠りから引き戻されたようだった。
「・・ん・・あ・・?」
シーツの擦れる音がして、ベッドの上に盛り上がっていたものがもぞもぞと動く。
「帝君!何で言ってくれなかったのよ!」
「・・・んあ?」
苛立たしげに睨み付けても迫力に欠ける。熱で目は潤み、髪はいつものストレートではなく所々ピョコピョコと飛び跳ねている。
ギャップの違いにあたしの笑いのツボは耐えられなかった。
「やだ何か可愛い・・・ぶっ・・」
大笑いするあたしとは正反対に彼の顔はドンドン冷たくなっていって、何だか殺気まで感じられる。
「・・お前、俺を笑うためにわざわざ起したわけか?悪趣味な上に馬鹿だな。何だか吐き気がしてきましたよ」
毒を吐くが右手で寝癖を直しながら言われても笑いに拍車がかかるだけだ。
さらに笑い転げるあたしをジト目で見る帝君は可愛い義弟に見えなくもない。
昨日の夜のおかげだろうか。前のような棘棘しい空気はそこにはなく、むしろほのぼのと言った感じだ。
だが、それが帝くんの癇に障ったらしい。
突然あたしの手首を握って自分の方へと引き寄せる。
「!?わっ・・!」
突然の事に思いっきりつんのめってベッドの上に勢いよくダイブしてしまった。
嫌な予感がして慌てて起き上がろうとしたが、時既に遅し。
「本当はこう言う事、期待していたんじゃないんですか・・?」
甘やかな吐息と共に腰が砕けそうなほど色気のある声で耳元に囁かれた。
「ちちち違う!!離してよちょっと・・!!」
懸命に腕を突き出したら、思いのほか強かったらしく帝君の体が傾いてベッドへと沈み込んだ。
そのまま苦しげに呻くものだから、あたしはやっと帝君は熱があった事を思い出して焦って彼の顔を覗き込んだ。
それが不味かった。
弱っているはずの帝君の腕が伸びて後頭部を掴む。
「!!!」
左頬に熱く柔らかなものが押し付けられたと思ったら、目の前に帝君の腹が立つくらい綺麗な顔がドアップで映る。
何が起こったか分からないあたしの混乱顔に満足したのか、彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「何?唇にして欲しかった?」
その一言でようやく頭が冷えた。間近にある彼の顔を思い切りはたいて頬を擦りながら起き上がる。
帝君に腹が立つと同時に何回も彼にからかわれるあたしにも腹が立つ。いい加減に学ぶ事を覚えたい。
「ほんっとうにあんたって最低最悪!この悪魔!変態!」
「喚くなよ。俺は一応病人なんだから。本当にあんた何しに来たわけ?」
マジで期待してたわけじゃないだろ、と言う声に思い切り首を縦に振る。
「・・聞いたわよ。あんた体が弱いんだってね」
「・・・別に弱くなんてない。運動も人並み以上に出来る。ただ少し人より病気にかかりやすくて治りにくいだけだ」
「それは十分に体が弱いって言えるわよ。何で言ってくれなかったの?」
「別にあんたに言う必要はないだろ」
あまりに冷たい言い方にムッとする。こっちは心配しているのに、本当に素直じゃない。
「一応あたしはあんたの義姉なわけだから義弟の体を心配するのは当然で・・」
「あんたなんて義姉じゃない!!」
珍しく声を荒げたと思ったら怖いくらいに鋭い瞳であたしを射る彼はハッとしてすぐに顔を背けた。
「・・・出てけよ・・学校、遅刻するぞ」
「あ・・うん」
なぜか反論出来なかった。ふと見た帝君の顔が熱とは違う苦しみに彩られていた気がしたから。
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