9
状況が全く分からなかった。何でここに帝君がいるのか、何であたしが彼と踊っているのか。
混乱しながらもファントム、もとい帝君にリードされてダンスのステップを踏む。あたしと踊っているファントムが帝君だとは幸い仮面を付けているので気付かれていないようだったが、皆驚いた顔をしている。きっと何となく予想はついているのだろう。あたしを見る女の子達の目は鋭い。
「ねぇ、何でここにいるの?風邪は?」
ヒソヒソと耳元で語りかけると、帝君は目を細めた、気がした。実際は仮面で見えないのだけど何となく雰囲気で分かる。
「風邪なんてもう治りました」
強がっているようには見えない。だけど体が触れ合っている部分から伝わってくる熱は確かに彼のものだ。心なしか息も荒い。
だから益々混乱するのだ。熱があるのに、辛いはずなのにどうして、と。
ふらつく少年の熱い体を慌てて支えてダンスを止めようとするのだが、彼がそれを許してくれない。
「ねぇ、もういいから!ますます風邪こじらせちゃうよ?」
「いいから!踊れ・・」
掠れる声と共に腰に置いていた手に力が入る。意地でもダンスを止めないらしい。
そのままあたし達は1曲踊り続けた。その間も帝君は何度もふらついたりして気が気じゃなかった。
曲が止まり、次の曲がかかる。再び踊りだそうとする人々を掻い潜り、帝君を何とかホールの外まで連れ出した。
「もう帰りなさいよ。あんた本当に倒れるわよ!」
「・・めん・・」
「え?」
聞き取れずに彼に一歩近付いた瞬間、二の腕を掴まれて、気が付くとあたしは彼の腕の中にいた。
頭が真っ白になる。だけど彼の心臓の音や案外逞しい胸板なんて感じてしまった途端、パニックに陥る。
「ちょっ、やめて・・!」
「・・・ごめん・・」
口では謝っているのに益々腕の力は強くなり、もがくあたしを完全に封じ込めてしまう。
「ごめん・・・」
意識が朦朧としているのか、そればかり繰り返し繰り返し言う帝君にあたしはどうしていいか分からなかった。
何について謝っているのだろう。色々ありすぎて分からなかったが、あの悪魔が熱にうかされているとは言えここまで謝るのだから相当な事だと言う事だけは分かった。
「・・ひどい事・・言った・・」
「・・・」
「・・ごめん・・泣くな・・」
泣いてなんかいない。きっと帝君は彼の言う酷い事を言った時のあたしに向かって言っているんだ。
不思議と分かってしまった。帝君が何について謝っているのかが。
あたしが彼に本気で怒ってそれを態度に出したのは一回だけだ。忘れもしない、御影君の事を言われたあの時。
でもそれを謝るなんて・・あれはもう何日も前の事であたしもこうして彼を熱で苦しめているのだから喧嘩両成敗だ。まさかずっと気にしていたんだろうか。
胸を打たれて腕の中で大人しくなったあたしに帝君は尚も言い募った。それは全てひどく彼らしくない言葉だった。
「今日、のダンスパーティ・・お前、相手いないんじゃないかと思って・・だから・・」
帝君がこんな事言うわけない。きっとまた何か企んでいるんだ。仮面の下には何時も通り悪魔の微笑みを浮かべているはずだ。
必死に言い聞かせても頬が染まるのは避けられない。外でよかった。この暗さならきっと気付かれない。
ドキドキしながら言葉を待つけれど、いつまで経ってもそれは訪れなかった。代わりに訪れたのはズシッとした重み。
「え、帝君!?」
慌てて圧し掛かってくる体を支えるが、意識を失った男を支えきれずはずもなく、その場に尻餅をつく。
「ったぁ〜・・・」
ドレスが台無しだ。セットした髪も崩れてこれを見たらメイドさん達が悲鳴を上げるだろう。
こんな姿でホールに戻るわけにもいかない。薫子には悪いが、ここは帰らせてもらおう。
あの場にいるのは辛かったところだったし丁度いい口実も出来た。
「帰ろう・・・あたし達の家に」
案の定、あたしのひどい有様を見てメイドさん達は悲鳴を上げた。何とか落ち着いてもらって部屋着に着替えたあたしは帝君の部屋に向かう。
駄目もとでノックすると、入れと低い声が室内から聞こえてきて驚いた。
「帝君、起きてたの?」
ベッドの傍にあったステンドグラスだけが暗闇を照らしている唯一の光だった。
ゆっくりと近付いてベッドの傍にあった椅子に座る。
「大丈夫?」
「・・・ああ・・」
不思議だ。あんな事があった後だからなのか、あたしも帝君も妙に素直だ。
きっと彼は今熱で頭がおかしくなってるんだ。風邪をひくと人恋しくなるし。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・あのさ・・」
短い沈黙を破ったのは帝君の声だった。だけど、また彼は言葉の先を言わずに沈黙する。
寝てしまったか、と思ったがそうでない事は上下する布団を見て分かった。
「・・・もういいよ?」
ビクリと布団が動いたのが分かったが、気にしない。
「仲直りしよう。一応あたし達は二人きりの兄弟なんだし」
「・・・俺はお前を姉だなんて思った事はない」
「あたしだってあんたみたいな悪魔、弟なんて思いたくもないわ」
本当に不思議だ。いつもだったら喧嘩になりそうな事でも今なら何を言っても大丈夫だと言う自信があった。
思えば、この日からあたしと帝君の関係は少しずつ変わっていったのかもしれない。
BACK NOVELS TOP NEXT