「じゃぁ帝君はダンスパーティに出ないんだ」
 「はい、まだ熱も引いていないようで風邪が長引いているようです」
 「そっか・・・」

 残念だけど熱があるならしょうがない。きっと女子生徒のほとんどがガックリと溜息を吐くんだろうな。
 どことなくメイドさん達も沈んでいる。帝君をきっと着飾りたかったんだろう。あんな性格だけど顔だけは無駄にいいからきっとやりがいもあるだろう。

 しかし、そんなメイドさん達の鬱憤は思ってもいなかった形で晴らされる事となった。

 「では茉莉様!さっそくドレスに着替えましょう!このドレスなど良いかと思うのですが」
 「それならばこちらの方が茉莉様の黒髪に映えると言うものでは」
 「そのお色ならば髪飾りはこちらなどどうでしょう」
 「まぁ、私はこちらの方が・・」

 突然始まったメイドさん達の論争に目を丸くしている内にドレスを着せられ、髪をアップにされる。

 ハロウィンなんて言うから魔女とかフランケンシュタインとかの仮装しなければいけないと思っていたけれど、そうではないらしい。

 女の子はお姫様のような煌びやかなドレスを着て、男の子達はファントムやドラキュラのような、仮装でも軽めのものが多いらしい。

 よく考えたらプライドが高いお嬢様お坊ちゃま達が人から笑われるような変な仮装をするはずがないのだ。仮装は仮装でも華やかで美しいものを選んで当然だ。



 そうこうしている間に準備が出来たようだ。メイドさん達が皆、やりきったと言う爽やかな笑顔を浮かべている。

 あたしはああ出来たんだ、と思いながら特に期待もせずに部屋にある全身を映せる鏡に目を向けた。

 「え・・・これ・・あたし・・?」

 淡い水色のドレスは所々白いレースがアクセントについていて大人っぽい中にも可愛らしい要素もあって素敵だった。髪はアップにまとまっていて花を象った髪飾りが華やかさを加えている。
 メイクも大人っぽくて何だか自分ではないようで、初めて自分で綺麗かもしれないと思ってしまった。

 でもこんな格好をしても好きな人と踊れないんじゃ意味がない。着飾った姿を見て欲しい相手はもうあたしなんて目にも止めてくれないのだから。









 「ごめんなさい、あたしやっぱり・・・」
 「そうですか・・何となく分かってはいました」

 深々と頭を下げたあたしに笑いながらその人、瀬田君は許してくれた。
 薫子の婚約者の友達である彼は薫子の言う通りすごく優しい人だった。この人となら苦手なダンスも楽しく出来ると思う。だけど・・・

 「こんな気持ちでダンスなんて出来ないんです・・」
 「・・好きな人がいるんですね」

 え、と仰ぎ見た彼は静かに微笑んでいた。胸に染み入るようなそれにあたしは思わず涙腺が緩んでしまった。

 「で、でも嫌われちゃったんです・・告白も出来なかった・・」
 「今からでも遅くはないんじゃないですか?自分の気持ちを伝えるのは」

 咄嗟に言葉が出なかった。そんな事考えてもいなかった。どうせ答えは分かっているのに告白するなんて。
 あたしはただこれ以上傷つきたくなかっただけなんだ。だから振られたのだから、と思い込んで彼を忘れようとして。

 まだあたしと御影君は始まってもいないのに終わらせようとしていた。

 「でも・・・もう会わせる顔がないんです」
 「僕の友達は諦めませんでしたよ」

 瀬田君はもう微笑んではいなかった。真剣な顔をして話し始める。

 「彼は何度振られても決して諦めなかった。そして最後はその人を振り向かせる事が出来たんです」
 「それって・・・」

 はっとしたあたしに彼は笑って頷いてくれた。視線の先で楽しげに会話する二人、薫子と婚約者の彼。

 薫子は一目ぼれしたなんて言ってたけど、きっと色々あったんだろう。初めは反対していたと言っていたし。それでも今はあんな風に笑い合っていられるんだ。

 「あなたの思いが報われる日を祈っています」

 しばらく二人を見詰めていたあたしはその声に慌てて前を向いた。瀬田君はその時初めて少し寂しそうに瞳を揺るがせた。

 しかし何も言えないあたしは去って行く彼の背中に謝罪と感謝の気持ちを込める事しか出来なかった。









 音楽が鳴り始めて自然と人々はダンスを始めて行く。ダンスパーティに来ている生徒のほとんどが男女ペアで来ているから踊る相手がいない人なんていない。


 あたし以外は。


 とてもじゃないけれどその場にいる事が出来ずに自然と足はホールの隅へと向かっていた。ここならあまり目立つ事はないと思う。
 軽快な音楽と楽しそうにステップを踏んで笑うホールの様子を直視する事なんて出来なかった。

 こんな時でも考える事は一つだった。そしてグルグル頭の中で回る瀬田君の言葉。

 もう思いを伝えなくてもいいと思った。話せなくてもいいって。だけど、そうじゃなかったの?簡単に諦められるくらいの恋だった?

 分からない。こんな思い初めてで、自分で自分の気持ちがよく理解出来なかった。

 水でも飲んで少し落ち着こうと、一歩踏み出した足が見事に自分のドレスを踏んでしまった。

 「あっ・・・・!」

 これだけは気をつけようと思っていたのに、あたしはつんのめって、その場に崩れ落ちてしまった。
 不幸中の幸いは皆ダンスをしていて転んだあたしに気付いていない事だった。

 やっぱりこんな所、来なければ良かった。自分の惨めさを思い知るだけだった事は分かっていたはずだったのに。

 立ち上がる気力も無くて、ぼんやりと床を見詰めているとダンスをしているはずのホールからざわめきが起こった。

 この体勢では多くのテーブルが死角となって何が起こっているのか全く見えない。

 何だろうと思っていると、いつのまにか音楽も止んで静まり返ったホールにカツンと響く足音だけが聞こえてきた。
 カツンと足音は鳴り続け、しかも段々と大きくなっていく。

 こっちに来る・・・?

 カツンと足音が止まり、座り込むあたしに影が差す。
 恐る恐る仰ぎ見た先にいたのは――

 「ファントム・・・」

 鼻から上を仮面で隠しマントを翻す様は映画で見たままだった。ファントムは仮装では一般的なものなのでこのダンスホールにも何十人もその格好をした人はいたが、目の前にいるファントムは何か違う。

 仮面から覗く白い肌に血のような色をした唇が不気味なコントラストを生む。
 その男、ファントムは漆黒の髪をサラリと揺らし、あたしと目線を合わせるようにその場に肩膝をついた。

 「え―――」

 差し出されたものは微笑む唇のように真っ赤な一本の真紅の薔薇だった。
 けれどそれは受け取る前にあたしの髪へと添えられて、出しかけていた手はファントムに取られていた。

 慌てるあたしをよそにもう一方の手は腰へと添えられて、促されるままに静寂に包まれたホールの真ん中へとやって来た。

 「ちょっと・・・あたしは踊るつもりなんて・・」

 嫌がるあたしの耳にファントムはそっと囁いた。その熱い吐息と声に衝撃でひとときの間瞬きが出来なかった。

 「あなた・・・」

 目を見開くあたしにファントムは再び艶っぽく囁いた。

 「ひょっとして踊れないんですか・・・義姉さん・・」











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